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'''メタゲノミクス'''は、環境サンプルから直接回収された[[ゲノム]][[デオキシリボ核酸|DNA]]を扱う研究分野である。広義には'''環境ゲノミクス'''や'''群集ゲノミクス'''とも呼ばれる<ref>木暮(2011). "海洋における環境ゲノミクス". ''地球環境'' Vol. 16 No. 1 71-79.</ref>。従来の[[微生物]]のゲノム解析では単一菌種の分離・[[培養]]過程を経てゲノムDNAを調製していたが、メタゲノム解析はその過程を経ずに微生物の集団から直接そのゲノムDNAを調製し、そのヘテロなゲノムDNAをそのまま[[DNAシークエンシング|シークエンシング]]する。そのため、メタゲノム解析により従来の方法では困難であった[[VNC (微生物学)|難培養菌]]のゲノム情報が入手可能となった。地球上に棲息する細菌の99%以上は単独では培養できない菌種であると推察されており<ref>工藤俊章 『難培養微生物の利用技術』 シーエムシー出版、2010年、はじめに</ref>、メタゲノム解析は環境中に埋没する膨大な数の未知の細菌、未知の遺伝子を解明する手法として期待されている。DNAシークエンシングのコストが年々安価になっていることから、メタゲノミクスは微生物学において、より大規模で詳細な研究が行われることも見込まれる。
'''メタゲノミクス'''は、環境サンプルから直接回収された[[ゲノム]][[デオキシリボ核酸|DNA]]を扱う研究分野である。広義には'''環境ゲノミクス'''や'''エコゲノミクス'''、'''群集ゲノミクス'''とも呼ばれる<ref>木暮(2011). "海洋における環境ゲノミクス". ''地球環境'' Vol. 16 No. 1 71-79.</ref>。'''メタゲノム解析'''、あるいは単純に'''メタゲノム'''とも呼称される。従来の[[微生物]]のゲノム解析では単一菌種の分離・[[培養]]過程を経てゲノムDNAを調製していたが、メタゲノム解析はその過程を経ずに微生物の集団から直接そのゲノムDNAを調製し、そのヘテロなゲノムDNAをそのまま[[DNAシークエンシング|シークエンシング]]する。そのため、メタゲノム解析により従来の方法では困難であった[[VNC (微生物学)|難培養菌]]のゲノム情報が入手可能となった。地球上に棲息する細菌の99%以上は単独では培養できない菌種であると推察されており<ref>工藤俊章 『難培養微生物の利用技術』 シーエムシー出版、2010年、はじめに</ref>、メタゲノム解析は環境中に埋没する膨大な数の未知の細菌、未知の遺伝子を解明する手法として期待されている。DNAシークエンシングのコストが年々安価になっていることから、メタゲノミクスは微生物学において、より大規模で詳細な研究が行われることも見込まれる。メタゲノム解析は一般に、サンプル中に含まれる微生物コミュニティの菌叢網羅的な配列情報をショットガンシーケンスにより取得し解析することを指す<ref>{{Cite journal|last=Peach|first=Ken|date=2007-10-02|title=Welcome to PMC Physics A|url=http://dx.doi.org/10.1186/1754-0410-1-1|journal=PMC Physics A|volume=1|issue=1|doi=10.1186/1754-0410-1-1|issn=1754-0410}}</ref>が、日本においてはしばしば[[ポリメラーゼ連鎖反応|PCR]]を経た増幅シーケンス(16S rRNAタグシーケンスなど)もメタゲノム解析に含むことがある。


2008年時点においてヒトの[[腸内細菌]]叢、海中の微生物群、海底の鯨骨細菌群、農場土壌の細菌群、鉱山廃水中の[[バイオフィルム]]、メタン酸化古細菌群などを対象としたメタゲノム解析が論文として報告されている。
2008年時点においてヒトの[[腸内細菌]]叢、海中の微生物群、海底の鯨骨細菌群、農場土壌の細菌群、鉱山廃水中の[[バイオフィルム]]、メタン酸化古細菌群などを対象としたメタゲノム解析が論文として報告されている。


== 語源 ==
== 語源 ==
メタゲノムという用語は、ゲノムに高次元を表す[[メタ]]という言葉を付け加えて命名された。これは単一生物のゲノムを研究するように、環境中から[[遺伝子配列]]を一緒くたに、解析をすることが可能であろうという考えが元にあることを表す。この用語はJo Handelsman, Jon Clardy, Robert M. Goodman, Sean F Bradyらにより1998年に初めて論文内で使用された<ref>Handelsman, J.; Rondon, M. R.; Brady, S. F.; Clardy, J.; Goodman, R. M. (1998). "Molecular biological access to the chemistry of unknown soil microbes: A new frontier for natural products". ''Chemistry & Biology'' '''5''' (10): R245–R249. doi:10.1016/S1074-5521(98)90108-9. PMID 9818143</ref>。Kevin ChenとLior Pachterは2005年にメタゲノミクスを「個々の菌を研究室内で単離培養するための現代ゲノム技術の応用分野」と定義している<ref>Chen, K.; Pachter, L. (2005). "Bioinformatics for Whole-Genome Shotgun Sequencing of Microbial Communities". ''PLoS Computational Biology'' '''1''' (2): e24. {{doi|10.1371/journal.pcbi.0010024}}</ref>。
メタゲノムという用語は、ゲノムに高次元を表す[[メタ]]という言葉を付け加えて命名された<ref name=":0">{{Cite journal|last=Handelsman|first=J.|last2=Rondon|first2=M. R.|last3=Brady|first3=S. F.|last4=Clardy|first4=J.|last5=Goodman|first5=R. M.|date=1998-10|title=Molecular biological access to the chemistry of unknown soil microbes: a new frontier for natural products|url=https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9818143|journal=Chemistry & Biology|volume=5|issue=10|pages=R245–249|doi=10.1016/s1074-5521(98)90108-9|issn=1074-5521|pmid=9818143}}</ref>。これは単一生物のゲノムを研究するように、環境中から[[遺伝子配列]]を纏めて収、解析をすることが可能であろうという考えが元にある。この用語はJo Handelsman, Jon Clardy, Robert M. Goodman, Sean F Bradyらにより1998年に初めて論文内で使用された<ref name=":0" />。Kevin ChenとLior Pachterは2005年にメタゲノミクスを「個々の菌を研究室内で単離培養するための現代ゲノム技術の応用分野」と定義している<ref>Chen, K.; Pachter, L. (2005). "Bioinformatics for Whole-Genome Shotgun Sequencing of Microbial Communities". ''PLoS Computational Biology'' '''1''' (2): e24. {{doi|10.1371/journal.pcbi.0010024}}</ref>。


== 歴史 ==
== 歴史 ==
[[ファイル:Flow_diagram_of_a_typical_metagenome_projects.tiff|リンク=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Flow_diagram_of_a_typical_metagenome_projects.tiff|サムネイル|328x328ピクセル|典型的なメタゲノムプロジェクトのフロー図<ref>{{Cite journal|last=Thomas|first=T.|last2=Gilbert|first2=J.|last3=Meyer|first3=F.|year=2012|title=Metagenomics - a guide from sampling to data analysis|journal=Microbial Informatics and Experimentation|volume=2|issue=1|pages=3|DOI=10.1186/2042-5783-2-3|PMID=22587947|PMC=3351745}}</ref>]]
従来のDNAシーケンスは、単一の細菌株を培養することが最初に必要であった。しかし初期のメタゲノミクスの研究により、多くの環境には培養が不可能でシーケンスが困難な微生物が多く存在することが明らかにされた。これらの初期の研究では[[16S rRNA系統解析|16S rRNA遺伝子配列]]を調べることに焦点が当てられた。この遺伝子配列はゲノムにおいて比較的短く、生物種内において保存性が高い一方で、異なる種内においては変化が見られるためゲノム全体をシーケンスするよりも簡便に環境中の微生物群集を調べることが出来る。多くの16S rRNA遺伝子配列のDNAシーケンスにより、培養されている既知の生物種には当てはまらない配列が見つかったことは、多くの培養がされていない微生物がることを示してい。これらのrRNA遺伝子配列を培養を経ず環境中から直接得た研究により、培養を元にした方法で見つけられる試料中の真性細菌・古細菌1%に満たないことが明らかになった<ref>Hugenholz, P; Goebel BM; Pace NR (1 September 1998). "Impact of Culture-Independent Studies on the Emerging Phylogenetic View of Bacterial Diversity". ''J. Bacteriol'' '''180'''(18): 4765–74. PMC 107498.PMID 9733676</ref>。
従来のDNAシーケンスは、単一の細菌株を培養することが最初に必要であった。しかし初期のメタゲノミクスの研究により、多くの環境には培養が不可能でシーケンスが困難な微生物が多く存在することが明らかにされた。これらの初期の研究では[[16S rRNA系統解析|16S rRNA遺伝子配列]]を調べることに焦点が当てられた。この遺伝子配列は比較的短く、原核生物種内において保存性が高い一方で、異なる種間で変化が見られるためゲノム全体をシーケンスするよりも簡便に環境中の微生物群集を系統的に調べることが出来る。多くの環境サンプルに対して16S rRNA遺伝子配列のDNAシーケンスが実施され、その結果、培養されている既知の生物種には当てはまらない配列が多数見つかった。このことはすなわち環境中には極めて様な未培養系統群の微生物が存在していることを示してい。このようにして16S rRNA遺伝子配列を培養を経ず環境中から直接得た研究により、培養を元にした方法で見つけられる試料中の真性細菌・古細菌は全体の1%に満たないことが論文で報告された<ref>Hugenholz, P; Goebel BM; Pace NR (1 September 1998). "Impact of Culture-Independent Studies on the Emerging Phylogenetic View of Bacterial Diversity". ''J. Bacteriol'' '''180'''(18): 4765–74. PMC 107498.PMID 9733676</ref>。

[[ポリメラーゼ連鎖反応|PCR]]を使用してリボソームRNA配列の多様性を調査するという初期の分子生物学的な研究は、[[ノーマン・R・ペース|ノーマンR.ペース]]と同僚によって行われた<ref>{{Cite journal|last=Lane|first=D. J.|last2=Pace|first2=B.|last3=Olsen|first3=G. J.|last4=Stahl|first4=D. A.|last5=Sogin|first5=M. L.|last6=Pace|first6=N. R.|date=1985-10|title=Rapid determination of 16S ribosomal RNA sequences for phylogenetic analyses|url=https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2413450|journal=Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America|volume=82|issue=20|pages=6955–6959|doi=10.1073/pnas.82.20.6955|issn=0027-8424|pmid=2413450|pmc=PMC391288}}</ref>。 これらの先駆的な研究から得られた知見から発展して、環境試料から直接DNAをクローニングするアイデアが1985年に発表された<ref>{{Cite book|title=Advances in Microbial Ecology|last=Pace|editor-first=K. C.|last4=Olsen|first4=Gary J.|last3=Lane|first3=David J.|last2=Stahl|first2=David A.|first=Norman R.|url=https://doi.org/10.1007/978-1-4757-0611-6_1|language=en|doi=10.1007/978-1-4757-0611-6_1|pages=1–55|isbn=978-1-4757-0611-6|location=Boston, MA|date=1986|publisher=Springer US|editor-last=Marshall}}</ref>。そして、実際に大西洋の海水という環境サンプルからDNAを抽出してび[[分子クローニング|クローニング]]した最初の報告が、Paceらによって1991年に発表された<ref>{{Cite journal|last=Schmidt|first=T M|last2=DeLong|first2=E F|last3=Pace|first3=N R|date=1991|title=Analysis of a marine picoplankton community by 16S rRNA gene cloning and sequencing.|url=https://jb.asm.org/content/173/14/4371|journal=Journal of Bacteriology|volume=173|issue=14|pages=4371–4378|language=en|doi=10.1128/JB.173.14.4371-4378.1991|issn=0021-9193|pmid=2066334|pmc=PMC208098}}</ref>。これらが[[ポリメラーゼ連鎖反応|PCR]]偽陽性ではないことが相当な努力により示され、未探索の系統群によって形作られる複雑な微生物コミュニティの存在が示唆された。 この方法論は、高度に保存された非タンパク質コード遺伝子の探索に限定されていたが、培養方法で知られていたよりもはるかに複雑な多様性が存在するという、初期の微生物形態ベースの観察結果をサポートしていた。 すぐその後、Healyは実験室に置いていた乾燥した[[イネ科|草]]の上で増殖していた環境微生物の複合培養物から構築した「野生ライブラリ」(zoolibraries)とでも呼ぶべきものから、機能遺伝子をメタゲノム的に単離したと1995年に報告した<ref>{{Cite journal|last=Healy|first=F. G.|last2=Ray|first2=R. M.|last3=Aldrich|first3=H. C.|last4=Wilkie|first4=A. C.|last5=Ingram|first5=L. O.|last6=Shanmugam|first6=K. T.|date=1995-09|title=Direct isolation of functional genes encoding cellulases from the microbial consortia in a thermophilic, anaerobic digester maintained on lignocellulose|url=http://link.springer.com/10.1007/BF00164771|journal=Applied Microbiology and Biotechnology|volume=43|issue=4|pages=667–674|language=en|doi=10.1007/BF00164771|issn=0175-7598}}</ref>。その後Edward DeLongらは、[[生物海洋学|海洋]]サンプルからライブラリー構築と16S rRNAシーケンスを実施し、環境中の原核生物を系統的に解析する研究の基礎を築いた<ref>{{Cite journal|last=Stein|first=J L|last2=Marsh|first2=T L|last3=Wu|first3=K Y|last4=Shizuya|first4=H|last5=DeLong|first5=E F|date=1996|title=Characterization of uncultivated prokaryotes: isolation and analysis of a 40-kilobase-pair genome fragment from a planktonic marine archaeon.|url=https://jb.asm.org/content/178/3/591|journal=Journal of bacteriology|volume=178|issue=3|pages=591–599|language=en|doi=10.1128/JB.178.3.591-599.1996|issn=0021-9193|pmid=8550487|pmc=PMC177699}}</ref>。  

2002年、 Mya BreitbartとForest Rohwerらは、ショットガンシーケンスを使用して、200リットルの海水に5000種類以上のウイルスが含まれていることを示した<ref>{{Cite journal|last=Breitbart|first=M.|last2=Salamon|first2=P.|last3=Andresen|first3=B.|last4=Mahaffy|first4=J. M.|last5=Segall|first5=A. M.|last6=Mead|first6=D.|last7=Azam|first7=F.|last8=Rohwer|first8=F.|date=2002-10-29|title=Genomic analysis of uncultured marine viral communities|url=http://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.202488399|journal=Proceedings of the National Academy of Sciences|volume=99|issue=22|pages=14250–14255|language=en|doi=10.1073/pnas.202488399|issn=0027-8424|pmid=12384570|pmc=PMC137870}}</ref>。その後の研究により、ヒトの糞便には1000種以上の[[ウイルスの分類|ウイルス種]]が存在し、また海洋堆積物1キログラムあたりには多くの[[ファージ|バクテリオファージ]]を含む百万種ものウイルスが存在する可能性があることが示された。これらの研究で見つかったウイルスは大半が新種であった。 2004年には、Gene TysonとJill Banfieldらは、 酸性の鉱山排水システムから抽出された細菌叢DNAの配列を決定した<ref>{{Cite journal|last=Tyson|first=Gene W.|last2=Chapman|first2=Jarrod|last3=Hugenholtz|first3=Philip|last4=Allen|first4=Eric E.|last5=Ram|first5=Rachna J.|last6=Richardson|first6=Paul M.|last7=Solovyev|first7=Victor V.|last8=Rubin|first8=Edward M.|last9=Rokhsar|first9=Daniel S.|date=2004-03|title=Community structure and metabolism through reconstruction of microbial genomes from the environment|url=http://www.nature.com/articles/nature02340|journal=Nature|volume=428|issue=6978|pages=37–43|language=en|doi=10.1038/nature02340|issn=0028-0836}}</ref>。この研究では、培養が試みられつつも成功していなかった少数の細菌および[[古細菌]]系統の、完全またはほぼ完全なゲノムが得られている。  

2003年からは、 [[ヒトゲノム計画|ヒトゲノムプロジェクト]]に並行して進められた民間資金ベースの[[ヒトゲノム計画|プロジェクト]]をリーダーとして率いていた[[クレイグ・ヴェンター|Craig Venter]]が、 [[グローバル・オーシャン・サンプリング・エクスペディション]] (GOS)を主導し、世界中を周回する旅を通じてメタゲノムサンプルを蒐集した。 得られたサンプルはすべて、新規なゲノム(すなわち新規生物)が特定されることを期待して、ショットガンシーケンスが実施された。 これに先駆けて実施されたパイロットプロジェクトでは、[[サルガッソ海|サルガッソー海]]で採取したサンプルの解析を行い、約2000種もの異なるDNAを発見し、内148種は新規な[[細菌]]種に由来すると考えられた<ref>{{Cite journal|last=Venter|first=J. C.|date=2004-04-02|title=Environmental Genome Shotgun Sequencing of the Sargasso Sea|url=https://www.sciencemag.org/lookup/doi/10.1126/science.1093857|journal=Science|volume=304|issue=5667|pages=66–74|language=en|doi=10.1126/science.1093857|issn=0036-8075}}</ref>。ベンターは地球を一周し、[[アメリカ合衆国西海岸|米国西海岸]]を集中的にサンプリングし、さらに2年間をかけて[[バルト海]]、[[地中海]]、[[黒海]]でサンプリングを行った。この間に収集されたメタゲノムデータの分析により海洋表層の細菌層は、富栄養/貧栄養の環境条件に適応した分類群と、比較的少ないがより豊富で広く分布する主に[[プランクトン]]で構成される分類群という、2つのグループによって構成されていることが判明した<ref>{{Cite journal|last=Yooseph|first=Shibu|last2=Nealson|first2=Kenneth H.|last3=Rusch|first3=Douglas B.|last4=McCrow|first4=John P.|last5=Dupont|first5=Christopher L.|last6=Kim|first6=Maria|last7=Johnson|first7=Justin|last8=Montgomery|first8=Robert|last9=Ferriera|first9=Steve|date=2010-11|title=Genomic and functional adaptation in surface ocean planktonic prokaryotes|url=http://www.nature.com/articles/nature09530|journal=Nature|volume=468|issue=7320|pages=60–66|language=en|doi=10.1038/nature09530|issn=0028-0836}}</ref>。  

2005年、 [[ペンシルベニア州立大学|ペンシルベニア州立大学の]]Stephan C. Schusterらは、[[DNAシークエンシング|ハイスループットシーケンス]]で生成された環境サンプルの最初のシーケンスを公開した<ref>{{Cite journal|last=Poinar|first=Hendrik N.|last2=Schwarz|first2=Carsten|last3=Qi|first3=Ji|last4=Shapiro|first4=Beth|last5=MacPhee|first5=Ross D. E.|last6=Buigues|first6=Bernard|last7=Tikhonov|first7=Alexei|last8=Huson|first8=Daniel H.|last9=Tomsho|first9=Lynn P.|date=2006-01-20|title=Metagenomics to Paleogenomics: Large-Scale Sequencing of Mammoth DNA|url=https://www.sciencemag.org/lookup/doi/10.1126/science.1123360|journal=Science|volume=311|issue=5759|pages=392–394|language=en|doi=10.1126/science.1123360|issn=0036-8075}}</ref>。これは[[ 454ライフサイエンス|454 Life Sciences]]開発した超並列パイロ[[DNAシークエンシング|シーケンス]]によるものであった。 この分野の別の初期の論文は、2006年に[[サンディエゴ州立大学]]のRobert EdwardsとForest Rohwerらよって発表された<ref>{{Cite journal|last=Edwards|first=Robert A|last2=Rodriguez-Brito|first2=Beltran|last3=Wegley|first3=Linda|last4=Haynes|first4=Matthew|last5=Breitbart|first5=Mya|last6=Peterson|first6=Dean M|last7=Saar|first7=Martin O|last8=Alexander|first8=Scott|last9=Alexander|first9=E Calvin|date=2006-12|title=Using pyrosequencing to shed light on deep mine microbial ecology|url=https://bmcgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/1471-2164-7-57|journal=BMC Genomics|volume=7|issue=1|pages=57|language=en|doi=10.1186/1471-2164-7-57|issn=1471-2164|pmid=16549033|pmc=PMC1483832}}</ref>。

== 関連項目  ==


== 関連項目 ==
* [[環境DNA]]
* [[環境DNA]]
* [[ゲノムプロジェクト]]
* [[ゲノムプロジェクト]]

2020年3月20日 (金) 13:00時点における版

露天掘り炭鉱からの酸性排水を受けるこの河川にも、環境に適応した微生物群集が存在している。メタゲノミクスにより、このような微生物群集の研究が可能になる。

メタゲノミクスは、環境サンプルから直接回収されたゲノムDNAを扱う研究分野である。広義には環境ゲノミクスエコゲノミクス群集ゲノミクスとも呼ばれる[1]メタゲノム解析、あるいは単純にメタゲノムとも呼称される。従来の微生物のゲノム解析では単一菌種の分離・培養過程を経てゲノムDNAを調製していたが、メタゲノム解析はその過程を経ずに、微生物の集団から直接そのゲノムDNAを調製し、そのヘテロなゲノムDNAをそのままシークエンシングする。そのため、メタゲノム解析により従来の方法では困難であった難培養菌のゲノム情報が入手可能となった。地球上に棲息する細菌の99%以上は単独では培養できない菌種であると推察されており[2]、メタゲノム解析は環境中に埋没する膨大な数の未知の細菌、未知の遺伝子を解明する手法として期待されている。DNAシークエンシングのコストが年々安価になっていることから、メタゲノミクスは微生物学において、より大規模で詳細な研究が行われることも見込まれる。メタゲノム解析は一般に、サンプル中に含まれる微生物コミュニティの菌叢網羅的な配列情報をショットガンシーケンスにより取得し解析することを指す[3]が、日本においてはしばしばPCRを経た増幅シーケンス(16S rRNAタグシーケンスなど)もメタゲノム解析に含むことがある。

2008年時点においてヒトの腸内細菌叢、海中の微生物群、海底の鯨骨細菌群、農場土壌の細菌群、鉱山廃水中のバイオフィルム、メタン酸化古細菌群などを対象としたメタゲノム解析が論文として報告されている。

語源

メタゲノムという用語は、「ゲノム」に高次元を表す「メタ」という言葉を付け加えて命名された[4]。これは単一生物のゲノムを研究するように、環境中から遺伝子配列を纏めて収集し、解析をすることが可能であろうという考えが元にある。この用語はJo Handelsman, Jon Clardy, Robert M. Goodman, Sean F Bradyらにより1998年に初めて論文内で使用された[4]。Kevin ChenとLior Pachterは2005年にメタゲノミクスを「個々の菌を研究室内で単離培養するための現代ゲノム技術の応用分野」と定義している[5]

歴史

典型的なメタゲノムプロジェクトのフロー図[6]

従来のDNAシーケンスは、単一の細菌株を培養することが最初に必要であった。しかし初期のメタゲノミクスの研究により、多くの環境には培養が不可能でシーケンスが困難な微生物が多く存在することが明らかにされた。これらの初期の研究では16S rRNA遺伝子配列を調べることに焦点が当てられた。この遺伝子配列は比較的短く、原核生物種内において保存性が高い一方で、異なる種間で変化が見られるため、ゲノム全体をシーケンスするよりも簡便に環境中の微生物群集を系統的に調べることが出来る。多くの環境サンプルに対して16S rRNA遺伝子配列のDNAシーケンスが実施され、その結果、培養されている既知の生物種には当てはまらない配列が多数見つかった。このことはすなわち、環境中には極めて多様な未培養系統群の微生物が存在していることを示している。このようにして16S rRNA遺伝子配列を培養を経ず環境中から直接得た研究により、培養を元にした方法で見つけられる試料中の真性細菌・古細菌は全体の1%に満たないことが論文で報告された[7]

PCRを使用してリボソームRNA配列の多様性を調査するという初期の分子生物学的な研究は、ノーマンR.ペースと同僚によって行われた[8]。 これらの先駆的な研究から得られた知見から発展して、環境試料から直接DNAをクローニングするアイデアが1985年に発表された[9]。そして、実際に大西洋の海水という環境サンプルからDNAを抽出してびクローニングした最初の報告が、Paceらによって1991年に発表された[10]。これらがPCR偽陽性ではないことが相当な努力により示され、未探索の系統群によって形作られる複雑な微生物コミュニティの存在が示唆された。 この方法論は、高度に保存された非タンパク質コード遺伝子の探索に限定されていたが、培養方法で知られていたよりもはるかに複雑な多様性が存在するという、初期の微生物形態ベースの観察結果をサポートしていた。 すぐその後、Healyは実験室に置いていた乾燥したの上で増殖していた環境微生物の複合培養物から構築した「野生ライブラリ」(zoolibraries)とでも呼ぶべきものから、機能遺伝子をメタゲノム的に単離したと1995年に報告した[11]。その後Edward DeLongらは、海洋サンプルからライブラリー構築と16S rRNAシーケンスを実施し、環境中の原核生物を系統的に解析する研究の基礎を築いた[12]。  

2002年、 Mya BreitbartとForest Rohwerらは、ショットガンシーケンスを使用して、200リットルの海水に5000種類以上のウイルスが含まれていることを示した[13]。その後の研究により、ヒトの糞便には1000種以上のウイルス種が存在し、また海洋堆積物1キログラムあたりには多くのバクテリオファージを含む百万種ものウイルスが存在する可能性があることが示された。これらの研究で見つかったウイルスは大半が新種であった。 2004年には、Gene TysonとJill Banfieldらは、 酸性の鉱山排水システムから抽出された細菌叢DNAの配列を決定した[14]。この研究では、培養が試みられつつも成功していなかった少数の細菌および古細菌系統の、完全またはほぼ完全なゲノムが得られている。  

2003年からは、 ヒトゲノムプロジェクトに並行して進められた民間資金ベースのプロジェクトをリーダーとして率いていたCraig Venterが、 グローバル・オーシャン・サンプリング・エクスペディション (GOS)を主導し、世界中を周回する旅を通じてメタゲノムサンプルを蒐集した。 得られたサンプルはすべて、新規なゲノム(すなわち新規生物)が特定されることを期待して、ショットガンシーケンスが実施された。 これに先駆けて実施されたパイロットプロジェクトでは、サルガッソー海で採取したサンプルの解析を行い、約2000種もの異なるDNAを発見し、内148種は新規な細菌種に由来すると考えられた[15]。ベンターは地球を一周し、米国西海岸を集中的にサンプリングし、さらに2年間をかけてバルト海地中海黒海でサンプリングを行った。この間に収集されたメタゲノムデータの分析により海洋表層の細菌層は、富栄養/貧栄養の環境条件に適応した分類群と、比較的少ないがより豊富で広く分布する主にプランクトンで構成される分類群という、2つのグループによって構成されていることが判明した[16]。  

2005年、 ペンシルベニア州立大学のStephan C. Schusterらは、ハイスループットシーケンスで生成された環境サンプルの最初のシーケンスを公開した[17]。これは454 Life Sciences開発した超並列パイロシーケンスによるものであった。 この分野の別の初期の論文は、2006年にサンディエゴ州立大学のRobert EdwardsとForest Rohwerらよって発表された[18]

関連項目 

外部リンク

脚注

  1. ^ 木暮(2011). "海洋における環境ゲノミクス". 地球環境 Vol. 16 No. 1 71-79.
  2. ^ 工藤俊章 『難培養微生物の利用技術』 シーエムシー出版、2010年、はじめに
  3. ^ Peach, Ken (2007-10-02). “Welcome to PMC Physics A”. PMC Physics A 1 (1). doi:10.1186/1754-0410-1-1. ISSN 1754-0410. http://dx.doi.org/10.1186/1754-0410-1-1. 
  4. ^ a b Handelsman, J.; Rondon, M. R.; Brady, S. F.; Clardy, J.; Goodman, R. M. (1998-10). “Molecular biological access to the chemistry of unknown soil microbes: a new frontier for natural products”. Chemistry & Biology 5 (10): R245–249. doi:10.1016/s1074-5521(98)90108-9. ISSN 1074-5521. PMID 9818143. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/9818143. 
  5. ^ Chen, K.; Pachter, L. (2005). "Bioinformatics for Whole-Genome Shotgun Sequencing of Microbial Communities". PLoS Computational Biology 1 (2): e24. doi:10.1371/journal.pcbi.0010024
  6. ^ Thomas, T.; Gilbert, J.; Meyer, F. (2012). “Metagenomics - a guide from sampling to data analysis”. Microbial Informatics and Experimentation 2 (1): 3. doi:10.1186/2042-5783-2-3. PMC 3351745. PMID 22587947. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3351745/. 
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  14. ^ Tyson, Gene W.; Chapman, Jarrod; Hugenholtz, Philip; Allen, Eric E.; Ram, Rachna J.; Richardson, Paul M.; Solovyev, Victor V.; Rubin, Edward M. et al. (2004-03). “Community structure and metabolism through reconstruction of microbial genomes from the environment” (英語). Nature 428 (6978): 37–43. doi:10.1038/nature02340. ISSN 0028-0836. http://www.nature.com/articles/nature02340. 
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