「ゲイコツナメクジウオ」の版間の差分

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'''ゲイコツナメクジウオ'''(鯨骨蛞蝓魚、[[学名]] ''Asymmetron inferum'')は、[[脊索動物]]門[[頭索動物]]亜門ナメクジウオ目ナメクジウオ科に属す動物
'''ゲイコツナメクジウオ'''(''Asymmetron inferum'')は、[[鯨骨生物群集]]から見つかる[[ナメクジウオ]]の1種。ナメクジウオ類([[脊索動物]]門[[頭索動物]]亜門ナメクジウオ目ナメクジウオ科)で唯一[[深海]]棲む種であり、もっとも古い時代に分岐した種でもある。


== 特徴 ==
== 形態 ==
体長は約15mm。体側には約83の[[筋節]]が隙間なく並んでいる。[[オナガナメクジウオ属]]の他種では筋節数は最大で72であり、それに比べて非常に多いのが本種の識別点となるが、それ以外の点はよく似ている。体の前方側面には多数の[[鰓裂]]が斜めに並び、その後方の腹側部には楕円形の[[生殖腺]]が30以上見られる<ref name=dl/>。
体長20mmから30mmほどの大きさになる。[[2002年]]に[[鹿児島県]][[野間半島|野間岬]]沖に投下した[[マッコウクジラ]]の遺体を2年後の[[2004年]]に調査した時発見され、捕獲、解析の結果、新種の[[ナメクジウオ]]だと判明した。


== 生息環境と生態 ==
浅い海で見られるナメクジウオと似たような形状をしているが、生殖腺が右側で尾が尖り、生態など様々な面で大きく異なっている。
[[鹿児島県]]野間岬沖に設置された[[マッコウクジラ]]死体直下の堆積物(水深229m)から[[2003年]]に発見された<ref name=zs>[[#zs|Nishikawa (2004)]]</ref>。この死体は[[2002年]]に投下されたもので、発見はそれから1年半後になる<ref name=dl>[[#dl|西川 (2008)]]</ref>。[[海洋研究開発機構]]の無人探査機[[ハイパードルフィン]]によって採集された。その後、2004年、2005年の調査でも確認されている<ref>[[#me|Fujiwara et al. (2007)]]</ref>。


深海に沈んだ[[クジラ]]の死骸を中心とする[[生物群集]]を[[鯨骨生物群集]]と呼び、[[ホネクイハナムシ]]など特有の生物が多く見つかっている。本種もその一員である。ナメクジウオ類は浅く、水がきれいな砂底の海に生息するのが普通であり、本種だけが深海の、腐ったクジラの死骸周辺に形成される[[還元]]的で、硫化水素の多い堆積物に棲んでいる<ref name=bmc>[[#bmc|Kon et al. (2007)]]</ref><ref name=be>[[#be|鈴木 (2009)]] p.6</ref>。このような生息環境にどのように[[適応]]し、生活しているのかは不明だが<ref name=dl/>、同じ群集に見られる他種と同じく、鯨骨周辺で得られる[[脂肪]]や[[硫黄]]を豊富に含む物質を利用しているものと推測されている。形態的には同属の[[オナガナメクジウオ]]と似ていることから、同様に[[濾過食]]者である可能性が高い<ref name=bmc/>。
== 生態 ==
深度200m以深の[[深海]]に生息し、ナメクジウオの仲間では最も深い場所に生息する。


== 系統と分類 ==
深海に[[クジラ]]の死体を置くと、その死体を食べに多くの生物が集まり、後に[[鯨骨]]となるが、この際に多くの腐臭と[[アンモニア]]や[[硫化水素]]などといったガスが発生し、その中で発生するバクテリア(化学合成共生細菌)を体内に取り込み、バクテリアから栄養を貰って共生するような生物が集まる。これを'''[[鯨骨生物群集]]'''と呼ぶが、本種もその一つに入る。
ナメクジウオは脊索動物門、頭索動物亜門に分類される動物の総称である。頭索動物亜門はすべてナメクジウオ綱・ナメクジウオ目・ナメクジウオ科に含まれるが、ナメクジウオ科は[[ナメクジウオ属]]、[[カタナメクジウオ属]]、オナガナメクジウオ属の3属に分けられる。(オナガナメクジウオ属は一時期カタナメクジウオ属に含まれるとされていたが、その後の研究により形態的にも遺伝的にも区別できる独立の属とされている<ref name=zs/><ref name=bmc/>。)


本種はオナガナメクジウオ属に分類される。[[ミトコンドリアDNA]]を用いた[[分子系統学|分子系統解析]]によって、オナガナメクジウオ属はナメクジウオ科3属のなかでもっとも初期に分岐した系統であり、そのなかでも本種は最初に分岐したと推定されている<ref name=bmc/>。したがって本種は頭索動物亜門のなかでもっとも古い系統に属する現生種だと考えられるので、同じ脊索動物門に属する[[脊椎動物]]の起源を研究する手がかりとなることが期待されている<ref name=be/>。
ナメクジウオは普通、水深が浅く、流れが速く、水が清涼である地域に生息するが、本種はその正反対の水深が深く、流れが遅く、水質が澱んでいるような環境に好んで住んでいる為に、何故このような環境に生息しているのか、そしてどのようにして広い海に散在している鯨骨を見つけて住み着くのかは謎に包まれている。


== 遺伝情報 ==
== 進化 ==
他のオナガナメクジウオ属は浅いサンゴ礁の海に生息しているのに、本種だけが深海の鯨骨生物群集に棲んでいる。[[分子時計]]によって、本種が他のオナガナメクジウオの系統と分岐したのは[[白亜紀]]中期(約1億年前)であると推定されている。大型のクジラ類が起源したのは[[始新世]]中期(約4千万年前)なので、本種は大型のクジラによる鯨骨生物群集が出現するよりも前に分岐していたと考えられる<ref name=bmc/>。
捕獲解析した結果、本種はナメクジウオ科の動物の中で最も原始的な部類に属するとされた。


この点について昆ら<ref name=bmc/>は、本種の祖先が[[メガロドン]]や[[シファクティヌス]]、[[魚竜]]や[[首長竜]]といった大型脊椎動物の死骸を利用していた可能性を指摘している。これらの動物はクジラと比べて脂肪が少ないため、硫黄の濃度がそれほど高くならない。ナメクジウオ類は高濃度の硫黄には耐えられないのが普通である。本種の祖先もそうだったとすれば、はじめは[[魚類]]や[[爬虫類]]の死骸を利用し、大型のクジラが現われた後で硫黄耐性を[[進化]]させ、鯨骨に特殊化したと推測することができる<ref name=bmc/>。
極限環境と呼ばれる深海の腐臭溢れるクジラの死骸の中で発見された本種の今後の調査が、[[脊椎動物]]の起源のルーツを知る材料として期待されている。

== 飼育 ==
海洋研究開発機構では、堆積物代わりのガラスビーズを敷いた水槽に本種を鯨骨と共に入れて飼育することで、約1年間飼育することに成功している<ref>[[#jam|丸山ら (2009)]] p.55</ref>。

== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
*{{cite journal |和書 |author=丸山正ら |title=地球システムにおける海洋生態系の構造と役割の解明-海洋生態・環境研究プログラムにおける2004-2008年度(第1期中期計画)における研究成果概要報告- |journal=JAMSTEC Report of Research and Development |volume=9 |issue=1 |pages=13-74 |issn=1880-1153 |year=2009 |url=http://docsrv.godac.jp/scripts/WebObjects.exe/MultiSV3.woa/1/wo/t2yuxhu692hYXVoyDSJ63w/3.0.0.1.7.1.1.12.30.0.9.1|ref=jam}}
* 藤倉克則・奥谷喬司・丸山正編著 『潜水調査船が観た深海生物 - 深海生物研究の現在』 東海大学出版会 2008年 ISBN 978-4-486-01787-5
*{{cite book |和書 |author=西川輝昭 |chapter=ゲイコツナメクジウオ |title=潜水調査船が観た深海生物 深海生物研究の現在 |editor=藤倉克則・奥谷喬司・丸山正(編著) |publisher=[[学校法人東海大学出版会|東海大学出版会]] |year=2008 |isbn=978-4-486-01787-5|page=203|ref=dl}}
* 北村雄一 『深海生物ファイル』 [[ネコ・パブリッシング]] 2005年 ISBN 978-4-7770-5125-0
*{{cite journal |和書 |author=鈴木志乃 |title=海に生きる 生物の多様性、共生、そして海洋酸性化の危機|journal=Blue Earth|year=2009|volume=21|issue=1|issn=1346-0811|pages=2-19|url=http://docsrv.godac.jp/scripts/WebObjects.exe/MultiSV3.woa/1/wo/Lvj1D5wtbTin2j02XtOLyw/3.0.0.1.7.1.1.12.30.0.9.1|publisher=[[海洋研究開発機構]]|ref=be}}
* 藤原義弘 『深海のとっても変わった生きもの』 [[幻冬舎]] 2010年 ISBN 978-4344018532
*{{cite journal |last=Fujiwara |first=Y et al. |title=Three-year investigations into sperm whale-fall ecosystems in Japan |journal=Marine Ecology |year=2004 |volume=28 |issue=1 |pages=219-232 |doi=10.1111/j.1439-0485.2007.00150.x|url=http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1439-0485.2007.00150.x/abstract|ref=me}}
*{{cite journal |last=Kon |first=T et al. |title=Phylogenetic position of a whale-fall lancelet (Cephalochordata) inferred from whole mitochondrial genome sequences|journal=BMC Evolutionary Biology|year=2007|volume=7|page=127|doi=10.1186/1471-2148-7-127|url=http://www.biomedcentral.com/1471-2148/7/127|ref=bmc}}
*{{cite journal |last=Nishikawa |first=T |title=A new deep-water lancelet (Cephalochordata) from off Cape Nomamisaki, SW Japan, with a proposal of the revised system recovering the genus ''Asymmetron'' |journal=Zoological Science |year=2004 |volume=21 |issue=11 |pages=1131-1136 |doi=10.2108/zsj.21.1131 |url=http://www.bioone.org/doi/abs/10.2108/zsj.21.1131|ref=zs}}


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== 関連項目 ==
*[[鯨骨生物群集]]
*[[脊索動物]]
*[[ナメクジウオ]]
[[Category:脊索動物]]
[[Category:脊索動物]]
[[Category:脊索動|けいこつなめくしうお]]
[[Category:深海生物]]

2011年8月1日 (月) 11:37時点における版

ゲイコツナメクジウオ
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 頭索動物亜門 Cephalochordata
: ナメクジウオ綱 Leptocardia
: ナメクジウオ目 Amphioxi
: ナメクジウオ科 Branchiostomatidae
: オナガナメクジウオ属 Asymmetron
: ゲイコツナメクジウオ A. inferum
学名
Asymmetron inferum
Nishikawa, 2004
和名
ゲイコツナメクジウオ
英名
Whale-fall lancelet

ゲイコツナメクジウオAsymmetron inferum)は、鯨骨生物群集から見つかるナメクジウオの1種。ナメクジウオ類(脊索動物頭索動物亜門ナメクジウオ目ナメクジウオ科)で唯一深海に棲む種であり、もっとも古い時代に分岐した種でもある。

形態

体長は約15mm。体側には約83の筋節が隙間なく並んでいる。オナガナメクジウオ属の他種では筋節数は最大で72であり、それに比べて非常に多いのが本種の識別点となるが、それ以外の点はよく似ている。体の前方側面には多数の鰓裂が斜めに並び、その後方の腹側部には楕円形の生殖腺が30以上見られる[1]

生息環境と生態

鹿児島県野間岬沖に設置されたマッコウクジラ死体直下の堆積物(水深229m)から2003年に発見された[2]。この死体は2002年に投下されたもので、発見はそれから1年半後になる[1]海洋研究開発機構の無人探査機ハイパードルフィンによって採集された。その後、2004年、2005年の調査でも確認されている[3]

深海に沈んだクジラの死骸を中心とする生物群集鯨骨生物群集と呼び、ホネクイハナムシなど特有の生物が多く見つかっている。本種もその一員である。ナメクジウオ類は浅く、水がきれいな砂底の海に生息するのが普通であり、本種だけが深海の、腐ったクジラの死骸周辺に形成される還元的で、硫化水素の多い堆積物に棲んでいる[4][5]。このような生息環境にどのように適応し、生活しているのかは不明だが[1]、同じ群集に見られる他種と同じく、鯨骨周辺で得られる脂肪硫黄を豊富に含む物質を利用しているものと推測されている。形態的には同属のオナガナメクジウオと似ていることから、同様に濾過食者である可能性が高い[4]

系統と分類

ナメクジウオは脊索動物門、頭索動物亜門に分類される動物の総称である。頭索動物亜門はすべてナメクジウオ綱・ナメクジウオ目・ナメクジウオ科に含まれるが、ナメクジウオ科はナメクジウオ属カタナメクジウオ属、オナガナメクジウオ属の3属に分けられる。(オナガナメクジウオ属は一時期カタナメクジウオ属に含まれるとされていたが、その後の研究により形態的にも遺伝的にも区別できる独立の属とされている[2][4]。)

本種はオナガナメクジウオ属に分類される。ミトコンドリアDNAを用いた分子系統解析によって、オナガナメクジウオ属はナメクジウオ科3属のなかでもっとも初期に分岐した系統であり、そのなかでも本種は最初に分岐したと推定されている[4]。したがって本種は頭索動物亜門のなかでもっとも古い系統に属する現生種だと考えられるので、同じ脊索動物門に属する脊椎動物の起源を研究する手がかりとなることが期待されている[5]

進化

他のオナガナメクジウオ属は浅いサンゴ礁の海に生息しているのに、本種だけが深海の鯨骨生物群集に棲んでいる。分子時計によって、本種が他のオナガナメクジウオの系統と分岐したのは白亜紀中期(約1億年前)であると推定されている。大型のクジラ類が起源したのは始新世中期(約4千万年前)なので、本種は大型のクジラによる鯨骨生物群集が出現するよりも前に分岐していたと考えられる[4]

この点について昆ら[4]は、本種の祖先がメガロドンシファクティヌス魚竜首長竜といった大型脊椎動物の死骸を利用していた可能性を指摘している。これらの動物はクジラと比べて脂肪が少ないため、硫黄の濃度がそれほど高くならない。ナメクジウオ類は高濃度の硫黄には耐えられないのが普通である。本種の祖先もそうだったとすれば、はじめは魚類爬虫類の死骸を利用し、大型のクジラが現われた後で硫黄耐性を進化させ、鯨骨に特殊化したと推測することができる[4]

飼育

海洋研究開発機構では、堆積物代わりのガラスビーズを敷いた水槽に本種を鯨骨と共に入れて飼育することで、約1年間飼育することに成功している[6]

脚注

参考文献