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表情フィードバック仮説

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表情フィードバック仮説(ひょうじょうフィードバックかせつ、英語: Facial feedback hypothesis)とは、「表情がフィードバックされて、その表情の感情を引き起こす」という仮説フェイシャルフィードバック仮説顔面フィードバック仮説[1]と呼ぶこともある。

概要

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1880年代中ごろ、アメリカ合衆国の心理学者ウィリアム・ジェームズデンマークの心理学者カール・ランゲ英語版が別々に、人は「刺激を受けて情動が変化し、それに伴って身体的変化が起きる」のではなく、「刺激を受けて身体的変化が起き、それに伴って情動が変化する」のではないかという説を唱えた。この2人の説は合わせてジェームズランゲ説英語版と呼ばれる[2][3]。すなわち、『「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」』という仮説である[2]

ジェームズランゲ説が唱えられて100年以上を経過しても、心理学の分野において科学的な実験によって検証する動きがあり、表情フィードバック仮説と呼ばれている[3]

心理学者のシルヴァン・トムキンズ英語版が「表情フィードバック仮説」を提唱し、1988年にフリッツ・ストラックドイツ語版、レオナルド・マーティン(Leonard L. Martin)、ザビーネ・ステッペル(Sabine Stepper)が行った実験で仮説が支持された[4][5][6]。しかし2015年にバージニア大学行われた実験では仮説を支持する結果が得られなかった[5][7]。再現実験に携わった研究室のうち、9つは表情フィードバック仮説と同様の結果が得られ、逆に8つの研究室ではエビデンスが得られなかった[5]。しかしながら、エビデンスが得られなかった再現実験でも、そのやり方が問題視されていることもあり、仮説の真偽は定かではない[5]

表情フィードバック仮説は、身体化された認知の一種ともいえる[8][9]

代表的な実験・論文

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  • トロント大学のサスキンド博士(心理学)らの研究グループが、『ネイチャー神経科学』誌の2008年7月号に報告した実験
    被験者に「恐怖」の表情と「嫌悪」の表情をさせると「恐怖」の表情を作ると「視野が広がる」「眼球の動きが速まる」「鼻腔が広がる」「呼気の気速が速くなる」といった身体の変化が起こり、「嫌悪」の表情をさせると「視野が狭くなる」「鼻腔が狭まる」「知覚が低下する」といった身体の変化が記録された[1]

Strack, F. et al (1988)

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1988年にフリッツ・ストラックドイツ語版、レオナルド・マーティン(Leonard L. Martin)、ザビーネ・ステッペル(Sabine Stepper)が行った実験。表情が"面白さ (funny)"の感情に影響を与えるか検証した。

ペンを歯で咥える(口が"イ"の字、笑った時の形になる)条件と、ペンを唇で咥える (口が"ウ"の字、不機嫌な時の形になる)条件で漫画を読ませ、漫画の面白さを評価させた。結果、ペンを口で咥える (被験者に笑顔に似た表情を強制的に作らせる) と漫画を面白く感じるという結果が得られた[1]

Strack F, Martin LL, Stepper S. "Inhibiting and facilitating conditions of the human smile: a nonobtrusive test of the facial feedback hypothesis. " J. Pers. Soc. Psychol. 54, 768–777 (1988)

"Registered Replication Report: Strack, Martin, & Stepper (1988)". (2016)

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Strack et al. (1988)の再現実験。

Strackらの論文は千回以上引用され、様々な心理学の入門書に掲載されていたが、直接の再現実験が行われていなかったことから大規模再現実験が企画された[10]。Eric-Jan Wagenmakersを始めとする17の独立した研究チームによっておこなわれた[11]

結果、Strack et al. (1988)は再現が得られなかった。原論文では10点満点の面白さ評価で0.82点の評価差があったが、再現実験では0.03しか差がなかった[12]

本研究の結果は、あくまでStrack et al. (1988)で再現性が得られなかったというものであり、表情フィードバック仮説が間違っているか正しいかを結論付けることはできない[13]

論文 [14]

Strackによる反論[15]

Nature News [16]

出典・脚注

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  1. ^ a b c 池谷裕二 (2008年10月20日). “潜在“脳力”:【15】表情を明るくすると心まで明るくなる”. 日経BP. 2018年1月26日閲覧。
  2. ^ a b ジェームズランゲ‐せつ【ジェームズランゲ説】”. デジタル大辞泉. 2017年9月1日閲覧。
  3. ^ a b 守秀子. “「笑う門には福来る」表情フィードバック仮説とその実験的検証” (PDF). 文化学園長野専門学校. 2017年9月1日閲覧。
  4. ^ ゆうきゆう『「なるほど!」とわかる マンガ見ための心理学』西東社、2017年、70頁。ISBN 9784791682089 
  5. ^ a b c d Jennifer Ouellette (2016年10月17日). “表情フィードバック仮説、ふたたび再現に失敗”. ギズモード・ジャパン. 2017年9月1日閲覧。
  6. ^ Inhibiting and facilitating conditions of the human smile: a nonobtrusive test of the facial feedback hypothesis.”. 2017年9月1日閲覧。
  7. ^ How Reliable Are Psychology Studies?” (2015年8月27日). 2017年9月1日閲覧。
  8. ^ https://wired.jp/2010/06/28/%E8%A7%A6%E6%84%9F%E3%81%AE%E9%81%95%E3%81%84%E3%81%8C%E3%80%8C%E5%88%A4%E6%96%AD%E3%80%8D%E3%81%AB%E5%BD%B1%E9%9F%BF%EF%BC%9A%E7%A0%94%E7%A9%B6%E7%B5%90%E6%9E%9C/
  9. ^ https://psyarxiv.com/svjru/
  10. ^ SMS has been cited 1,370 times (according to Google Scholar as of May 26, 2016) and is commonly discussed in introductory psychology courses and textbooks.
  11. ^ This Registered Replication Report describes the results of 17 independent direct replications of Study 1 from Strack et al. (1988))
  12. ^ Overall, the results were inconsistent with the original result reported in SMS. Whereas SMS reported a difference between conditions of 0.82 units on a 10-point rating scale, the random effects meta-analysis of the RRR results estimated that difference to be 0.03 with a 95% confidence interval ranging from −0.11 to 0.16.
  13. ^ Nevertheless, it should be stressed that the RRR results do not invalidate the more general facial feedback hypothesis. It is possible that the original SMS paradigm that we employed does not provide a strong test of the facial feedback hypothesis and that other procedures would provide more compelling evidence.
  14. ^ Wagenmakers, E.-J., Beek, T., Dijkhoff, L., Gronau, Q. F., Acosta, A., Adams, R. B., Jr., . . . Zwaan, R. A. (2016). Registered Replication Report: Strack, Martin, & Stepper (1988). Perspectives on Psychological Science, 11, 917–928. https://doi.org/10.1177/1745691616674458
  15. ^ http://journals.sagepub.com/doi/10.1177/1745691616674460
  16. ^ https://doi.org/10.1038/nature.2016.20929