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2020年7月17日 (金) 01:39時点における版
安達 五郎 | |
---|---|
1955年 | |
名前 | |
カタカナ | アダチ ゴロウ |
ラテン文字 | Goro ADACHI |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
種目 | ノルディックスキー・ジャンプ |
生年月日 | 1913年1月1日 |
没年月日 | 1999年9月13日(86歳没) |
生誕地 | 北海道余市郡赤井川村 |
死没地 | 福岡県北九州市 |
身長 | 156㎝ |
体重 | 56㎏ |
安達 五郎(あだち ごろう、1913年1月1日 - 1999年9月13日)は、1930年代に活躍した日本の元スキージャンプ選手。
人物
1913年、北海道余市郡赤井川村出身で牧場を営んでいた安達正平(のちに第17代赤井川村村長)の5男として生まれる[1]。旧制小樽中学(現:北海道小樽潮陵高等学校)- 鉄道省札幌鉄道局(札鉄、現・JR北海道鉄道事業本部)、伊黒正次は旧制小樽中学の同期生である。
オリンピックに2大会連続で出場、19歳で出場した1932年のレークプラシッドでは8位に入賞するも、1936年ガルミッシュ=パルテンキルヒェンでは45位と振るわなかった。1936年のホルメンコーレン大会では3位に入賞している。
1935年第13回全日本スキー選手権優勝。
1940年の札幌オリンピックが幻となり出征、戦後復員すると福岡県で妻の実家のてんぷら屋を継いだ。1999年9月13日、86歳で没した[2]。亡くなる2ヶ月前まで店に立っていたという[3]。
外部リンク
- 安達五郎 - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(Sports Reference)(英語)
脚注
- ^ 赤井川村史
- ^ 安達五郎氏(スキー、ジャンプ元五輪代表)呼吸不全のため死去 日刊スポーツ訃報
- ^ 朝日新聞1999年10月7日付夕刊惜別欄