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2018年9月24日 (月) 03:01時点における版
獲得メダル | ||
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東ドイツ | ||
男子 スキージャンプ | ||
ノルディックスキー世界選手権 | ||
銀 | 1984 Engelberg | 団体 |
銅 | 1985 Seefeld | 団体 |
スキーフライング世界選手権 | ||
金 | 1983 Harrachov | 個人 |
クラウス・オストヴァルト(Klaus Ostwald、1958年8月26日 - )はドイツ、ザクセン州フォークトラント郡バート・エルスター(w:en:Bad Elster)出身の元スキージャンプ選手。クリンゲンタールスキークラブ(w:de:SC Dynamo Klingenthal)に所属し1970年代末から1980年代にかけて東ドイツ代表として活躍した。
プロフィール
1979/80シーズンのジャンプ週間で総合4位と好成績をあげ、1980年のレークプラシッドオリンピックでは90m級に出場、15位となった。 1982年の世界選手権では70m級16位、90m級では4位入賞し、団体戦でも4位となった。 1983年のスキーフライング世界選手権(チェコスロバキア、ハラコフ)では183m飛ぶなどして金メダルを獲得した。 1983/84シーズンのジャンプ週間ではイェンス・バイスフロクに次ぐ総合2位(自己最高位)となり、1984年サラエボオリンピックでは70m級個人13位、90m級個人26位、世界選手権の団体戦で銀メダルを獲得した。 翌1984/85シーズンのジャンプ週間で総合3位、1985年ノルディックスキー世界選手権では70m級6位、90m級11位、団体戦で銅メダルを獲得した。
スキージャンプ・ワールドカップでは通算2勝(2位3回3位4回)、総合では1983/84シーズンに7位となったのが最高位である。
1987年に現役引退した。
外部リンク
- クラウス・オストヴァルト - 国際スキー連盟のプロフィール (英語)
- クラウス・オストヴァルト - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(Sports Reference)(英語)