「女狭穂塚古墳」の版間の差分
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大きさは、全長約180メートル、後円部直径約96メートル、後円部高さ15メートルで、[[九州地方]]最大の前方後円墳である。墳丘は三段築成で造られ[[葺石]]をともない、周囲には周濠がある。また、くびれ部には造出を持っているため、この特徴から畿内式前方後円墳であることがわかる。築造方法などから、およそ[[5世紀]]前半中頃に造られたと推定されている。主体部分である被葬者の埋葬施設は、まだ[[発掘調査]]がなされていない。 |
大きさは、全長約180メートル、後円部直径約96メートル、後円部高さ15メートルで、[[九州地方]]最大の前方後円墳である。墳丘は三段築成で造られ[[葺石]]をともない、周囲には周濠がある。また、くびれ部には造出を持っているため、この特徴から畿内式前方後円墳であることがわかる。築造方法などから、およそ[[5世紀]]前半中頃に造られたと推定されている。主体部分である被葬者の埋葬施設は、まだ[[発掘調査]]がなされていない。 |
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[[1895年]]([[明治]]28年)には、[[男狭穂塚]]とともに[[宮内庁]][[陵墓参考地]]に指定され、現在は、宮内庁によって管理されている。特別史跡「西都原古墳群」の指定範囲には入っていない。 |
[[1895年]]([[明治]]28年)には、[[男狭穂塚]]とともに[[宮内庁]][[陵墓参考地]]に指定され、現在は、宮内庁によって管理されている。特別史跡「西都原古墳群」の指定範囲には入っていない。 |
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*[[九州旅客鉄道|JR]][[宮崎駅]]から[[宮崎交通]][[バス (交通機関)|バス]][[宮交シティ|宮交シティバスセンター]]方面行きに乗車約4分、デパート前で[[西都バスセンター]]行きに乗り継ぎ約50分、西都バスセンターで下車。西都バスセンターからタクシー利用。 |
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*[[東九州道]][[西都インターチェンジ|西都IC]]から車で、約10分 |
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== 出典・参考文献 == |
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*[http://www.gurunet-miyazaki.com/kankouti/saitobarumain/kofun/kofunsaito.htm 西都原の前方後円墳] |
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*[http://www.city.saito.miyazaki.jp/bunka/bunkazai/siseki/index.html 特別史跡 西都原古墳群] |
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== 外部リンク == |
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2013年1月5日 (土) 15:39時点における版
女狭穂塚 | |
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国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成 | |
所在地 | 宮崎県西都市大字三宅 |
位置 | 北緯32度7分11.78秒 東経131度23分4.76秒 / 北緯32.1199389度 東経131.3846556度 |
形状 | 前方後円墳 |
規模 | 全長 180m |
埋葬施設 | 未調査・未発掘 |
築造時期 | 5世紀前半中頃 |
史跡 | コノハナノサクヤビメ陵墓参考地 |
女狭穂塚(めさほづか)は、宮崎県西都市にある九州地方で最大の前方後円墳。西都原古墳群 に属する。コノハナノサクヤビメの陵墓として宮内庁陵墓参考地となっている。
概要
大きさは、全長約180メートル、後円部直径約96メートル、後円部高さ15メートルで、九州地方最大の前方後円墳である。墳丘は三段築成で造られ葺石をともない、周囲には周濠がある。また、くびれ部には造出を持っているため、この特徴から畿内式前方後円墳であることがわかる。築造方法などから、およそ5世紀前半中頃に造られたと推定されている。主体部分である被葬者の埋葬施設は、まだ発掘調査がなされていない。
1895年(明治28年)には、男狭穂塚とともに宮内庁陵墓参考地に指定され、現在は、宮内庁によって管理されている。特別史跡「西都原古墳群」の指定範囲には入っていない。
所在地
〒881-0005
宮崎県西都市大字三宅 「特別史跡公園西都原古墳群」内
アクセス・交通
- JR宮崎駅から宮崎交通バス宮交シティバスセンター方面行きに乗車約4分、デパート前で西都バスセンター行きに乗り継ぎ約50分、西都バスセンターで下車。西都バスセンターからタクシー利用。
- 東九州道西都ICから車で、約10分