「アレキシ・ライホ」の版間の差分
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2011年9月1日 (木) 15:40時点における版
アレキシ・ライホ Alexi Laiho | |
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アレキシ・ライホ ヴァッケン・オープン・エア(2006年) | |
基本情報 | |
出生名 | Markku Uula Aleksi Laiho |
別名 | Wildchild |
生誕 | 1979年4月8日(45歳) |
出身地 |
フィンランド 南スオミ州 ウーシマー県 エスポー |
ジャンル | メロディック・デス・メタル |
職業 |
ギタリスト シンガー 作詞家 作曲家 |
担当楽器 |
ギター 歌 |
活動期間 | 1993年 - |
共同作業者 |
チルドレン・オブ・ボドム シナジー Kylähullut |
著名使用楽器 | |
ESP Alexi Laiho Signature Models Jackson Randy V | |
アレキシ・ライホ(Alexi Laiho;本名Markku Uula Aleksi Laiho, 1979年4月8日 - )は、フィンランドのギタリストである。チルドレン・オブ・ボドムでは、ほぼ全ての楽曲の作詞・作曲を担当。
プロフィール
ヘルシンキ郊外のエスポー出身、7歳の頃からヴァイオリンを始める。11歳の時、スティーヴ・ヴァイのアルバム、『PASSION AND WARFARE』に収録された『For The Love of God』のプロモーションビデオを見たのをきっかけに、ギターを手にする。13歳の時にバンドINEARTHEDを結成。その後、メンバーチェンジを経て、INEARTHEDからチルドレン・オブ・ボドム(Children Of Bodom)へバンド名を改名し、デビュー。現在に至る。
チルドレン・オブ・ボドム以外では、サイドプロジェクトであるKYLA:HULLUTや、アレキシの妻であった(現在は離婚)キンバリー・ゴスのバンド、シナジー(Sinergy)のギタリストとして活動している。
プレイスタイル
ヴァイオリンを習っていたこともあり、クラシックの影響を受けている。モーツァルトを特に好んで聴き、チルドレン・オブ・ボドムの楽曲には交響曲第25番のフレーズを導入した曲も存在する。速弾き、タッピング、スウィープなど技術的には当代屈指の存在とされる。 その他、スティーヴ・ヴァイ、ポール・ギルバート、ザック・ワイルドなどに影響を受けたと語っている。
2002年頃まではランディ・ローズが使用していたことでも有名なジャクソンのRVを使用していたが、盗難に遭った時にESPから提供を受け、その後はESPのシグネチャー・モデルを使用している。カラーは何種類かあり、ステージではチューニングごとに使い分けている。ギターはフロイドローズトレモロに1ピックアップのシンプルな仕様で、エフェクターもあまり使用しない。
ボーカルスタイルはいわゆる正統派のデスヴォイスとはやや異なり、がなり気味の低音で吐き捨てるようなスタイルである。
逸話
バンド内でもトップを争う破天荒な行動が有名。それにより怪我をすることも多い。主な事故は以下の通り。
- 2003年9月 胸・脇腹を痛め、名古屋公演が中止に。東京公演は痛み止めを飲んで演奏。
- 2004年12月 車の屋根に乗って遊んでいたところ転落し右腕を骨折、当時レコーディング中だったアルバム『ARE YOU DEAD YET?』の完成が遅れる。
- 2006年2月 バルセロナ公演中突然照明が消えモニタースピーカーに右足親指をぶつけ骨折。そのままツアーを続ける。
- 2007年2月 ボウリング場で肩を骨折。UAEでのフェスをキャンセル。