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渡辺信吉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
渡辺 信吉
生誕 1897年1月12日
日本の旗 日本 佐賀県
死没 (1965-04-27) 1965年4月27日(68歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1917年 - 1945年
最終階級 陸軍少将
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渡辺 信吉(わたなべ のぶよし、1897年明治30年)1月12日[1] - 1965年昭和40年)4月27日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功三級[2]

経歴

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1897年(明治30年)に佐賀県で生まれた[1]陸軍士官学校第29期、陸軍大学校第39期卒業[1]1939年(昭和14年)3月9日陸軍歩兵大佐進級と同時に台湾歩兵第2連隊長(第21軍・台湾混成旅団)に着任し[2]日中戦争に出動[1]1940年(昭和15年)3月9日に第1船舶輸送参謀長に転じ[2]9月14日陸軍運輸部部員となった[2]1942年(昭和17年)7月19日に第1船舶輸送地区隊長(船舶兵団)に就任し[1]アンボンに出征[1]11月24日に第3船舶団長に転じ[1]1943年(昭和18年)3月に陸軍少将に進級した[2]

1944年(昭和19年)4月17日第5船舶輸送司令官兼第3船舶団長となり[3]ダバオに移る[1]8月15日に免兼職となり[4]1945年(昭和20年)1月15日に兼小樽陸軍輸送統制部長となった[5]2月1日陸軍船舶練習部長に就任し[1]5月7日に新潟陸軍輸送統制部長兼第1船舶輸送司令部北陸支部長に転じた[6]

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[7]

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j 福川 2001, 811頁.
  2. ^ a b c d e 外山 1981, 409頁.
  3. ^ 第73号 昭和19年4月19日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120907400 
  4. ^ 第164号 昭和19年8月15日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120917300 
  5. ^ 第9号 昭和20年1月16日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120931000 
  6. ^ 第106号 昭和20年5月7日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120941700 
  7. ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」190頁。

参考文献

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  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026