伊東政世
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時代 | 戦国時代 - 江戸時代 |
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生誕 | 弘治3年(1557年) |
死没 | 寛永5年7月9日(1628年8月8日) |
別名 | 九郎三郎 |
官位 | 右馬允 |
主君 | 北条氏政→徳川家康→徳川秀忠 |
氏族 | 日向伊東氏支流 |
父母 | 父:伊東祐尚 |
妻 | 小笠原康広娘 |
子 | 時吉 |
伊東 政世(いとう まさよ)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将。後北条氏、徳川氏の家臣。
日向伊東氏の支流。
『北条氏所領役帳』には御馬廻衆として227貫286文の知行高が記されている。永禄6年(1563年)に北条氏政より偏諱(「政」の字)を受け政世と名乗った。天正10年(1582年)頃には、下総国・矢作城主となっている。
天正18年(1590年)、小田原征伐の際は小田原城に籠城し、西北の曲輪を守備して豊臣軍と戦う。小田原城開城後は徳川家康の家臣となり、関ヶ原の戦い、大坂の陣に槍奉行として参加している。父の没後、嫡男・時吉は徳川秀忠の旗本となり300石を知行されている。
参考文献
[編集]- 阿部猛、西村圭子『戦国人名事典 コンパクト版』(新人物往来社、1990年) ISBN 4404017529
- 『後北条氏家臣団人名辞典』東京堂出版、2006年、ISBN 4490106963