マルク・タイマノフ

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マルク・エフゲニエヴィチ・タイマノフロシア語: Марк Евгеньевич Тайманов, ラテン文字転写例:Mark Evgenievich Taimanov, 1926年2月7日 - 2016年11月28日)は、ソビエト連邦出身のピアノ奏者、チェスプレーヤー[1][2][3][4][5]

ハルキウ出身。生後半年で家族でレニングラードに移住。幼少期より、ピアニストだった母親の手ほどきでピアノを始め、10歳でレニングラード音楽院に入学。在学中に映画『ベートーヴェンの協奏曲』の主演に抜擢されている[6]。音楽院ではサマリ・サヴチンスキーの下でピアノを学び、後に最初の妻となったリューボフ・ブルックと知り合う。サヴチンスキーの指導により、在学中よりブルックとピアノ・デュオを組み、1948年に音楽院を卒業すると、ブルックとのデュオを中心に演奏活動を展開した。

一方で、建築エンジニアでアマチュアのチェスプレーヤーだった父親の影響で、チェスにも親しみ、16歳の時にはマスターに選ばれている。1956年にはソ連王者となったが、1971年の世界大会でボビー・フィッシャーに完敗した。

サンクトペテルブルクにて死去。

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  1. ^ Гроссмейстер и пианист: гениальный Марк Тайманов отмечает 90-летие”. 2018年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月30日閲覧。
  2. ^ Жизнь - игра”. 2018年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月30日閲覧。
  3. ^ Mark Taimanov obituary”. 2018年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月30日閲覧。
  4. ^ IN MEMORIAM MARK TAIMANOV”. 2018年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月30日閲覧。
  5. ^ Марк Тайманов — шахматист, музыкант, актер”. 2018年7月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年7月30日閲覧。
  6. ^ マルク・タイマノフ - IMDb(英語)