キャロライン・フォックス (初代ホランド女男爵)
キャロライン・フォックス Georgiana Fox | |
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初代ホランド女男爵 | |
初代ホランド女男爵キャロライン・フォックス(ジョシュア・レノルズ画) | |
在位 | 1762年5月2日 - 1774年7月24日 |
出生 |
1723年3月27日 |
死去 |
1774年7月24日(51歳没) |
配偶者 | 初代フォックスリーのホランド男爵ヘンリー・フォックス |
子女 |
スティーヴン チャールズ・ジェイムズ ヘンリー・エドワード |
家名 | レノックス家 |
父親 | 第2代リッチモンド公チャールズ・レノックス |
母親 | サラ・カドガン |
初代ホランド女男爵ジョージアナ・キャロライン・フォックス(英語: Georgiana Carolina Fox, 1st Baroness Holland、1723年3月27日 - 1774年7月24日)は、イギリスの貴族。
第2代リッチモンド公爵チャールズ・レノックスの娘レノックス姉妹のうち長女であり、ホイッグ党の政治家初代フォックスリーのホランド男爵ヘンリー・フォックスの妻である。彼女自身も夫の爵位と別に1762年に(ホランドの)ホランド女男爵に叙されている。
経歴
[編集]1723年3月27日に第2代リッチモンド公爵チャールズ・レノックスとその妻サラ(初代カドガン伯爵ウィリアム・カドガンの娘)の長女として生まれる [1][2]。
1744年5月2日にホイッグ党の政治家ヘンリー・フォックスと結婚[1][2]。ヘンリー・フォックスは当時の庶民院の実力者でライバルの大ピットと栄達を争って庶民院院内総務などの閣僚職を歴任した人物である[3][4]。夫との間に以下の3人の男子を生んだ[1][2]。
- 第1子(長男)スティーヴン・フォックス(1745年 - 1774年) - 第2代ホランド男爵位を継承
- 第2子(次男)チャールズ・ジェイムズ・フォックス(1749年 - 1806年) - ホイッグ党の政治家。初代外務大臣
- 第3子(三男)ヘンリー・エドワード・フォックス(1755年 - 1811年) - 陸軍軍人。大将。
1762年5月3日には彼女の男系男子への継承を規定したグレートブリテン貴族爵位「リンカン州におけるホランドのホランド女男爵(Baroness Holland, of Holland in the County of Lincoln)」に叙せられた[5]。この翌年の1763年4月17日には夫ヘンリーも妻と別にグレートブリテン貴族爵位「ウォルトシャー州におけるフォックスリーのホランド男爵(Baron Holland of Foxley, in the County of Wiltshire)」に叙せられている[6]。
1774年7月1日に夫が死去し、彼女も後を追うように同年7月24日に死去した。両ホランド男爵位はともに長男スティーヴンが継承した[1][2]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d Heraldic Media Limited. “Holland, Baron (GB, 1762 - 1859)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2016年8月4日閲覧。
- ^ a b c d Lundy, Darryl. “Georgiana Carolina Lennox, Lady Holland, Baroness of Holland” (英語). thepeerage.com. 2016年8月4日閲覧。
- ^ 小松春雄 1983, p. 301-302.
- ^ 松村赳 & 富田虎男 2000, p. 265.
- ^ "No. 10205". The London Gazette (英語). 1 May 1762. p. 6.
- ^ "No. 10304". The London Gazette (英語). 12 April 1763. p. 6.
参考文献
[編集]- 小松春雄『イギリス政党史研究 エドマンド・バークの政党論を中心に』中央大学出版部、1983年(昭和58年)。ASIN B000J7DG3M。
- 松村赳、富田虎男『英米史辞典』研究社、2000年(平成12年)。ISBN 978-4767430478。
グレートブリテンの爵位 | ||
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先代 新設 |
初代ホランド女男爵 1762年 - 1774年 |
次代 スティーヴン・フォックス |