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ℓ進層

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

代数幾何学において、ℓ 進層とは、ℓ 進数体 Q のようなねじれのない係数に対してエタール・コホモロジーの理論を適切に拡張するために用いられる概念である。 アレクサンドル・グロタンディークにより SGA 5 において導入され[1]、その後ピエール・ドリーニュ [2]ウーヴェ・ヤンセン英語版[3]トルステン・エケダール[4] などにより理論が整備された[5]

バルガフ・バット英語版ペーター・ショルツェプロエタール位相を用いて ℓ 進層の理論に新たなアプローチを与えた[6]

動機

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エタール・コホモロジーは、代数多様体に対する「位相的な」コホモロジー論、すなわち任意の標数で機能するようなヴェイユ・コホモロジー論を構築する目的で発展した。 そのような理論に不可欠な特徴は、標数 0 の体を係数にもつことである。 しかし、ねじれのないエタール定数層のコホモロジーは興味深い情報を含まない。 例えば、X が体 k 上の滑らかな代数多様体のとき、任意の正の整数 i に対して Hi(Xét, Q) = 0 である[7]。 一方、定数層 Z/m は、体 k において m が可逆である限り、「正しい」コホモロジーを与える。 そのため、体 k で可逆であるような素数 ℓ に対し、X の ℓ 進コホモロジーを

,

と定義する。

しかし、この定義は完全に満足のできるものではない。 位相空間に対する古典的な理論のように、Q ベクトル空間の局所系英語版を係数にもつコホモロジーを考えたい。 また、そのような局所系のなすエタール基本群Q 上の連続表現のなす圏の間に圏同値が存在するべきである。

上の定義の別の問題点は、k分離閉体のときにしかうまく振る舞わないことである。 その場合には、逆極限に現れるすべての群は有限生成で、逆極限をとる操作は完全である。 しかし、例えば k代数体の場合、コホモロジー群 Hi(Xét, Z/ℓn) が有限とも、逆極限をとる操作が完全とも限らない。 これにより関手性に問題が生じる。 例えば、ガロア・コホモロジーに関連付けるホッホシルト・セールスペクトル系列[注釈 1]は一般には存在しない[8]

以上の考察から、エタール層逆系のなす圏を考えるというアイデアに至る。 これによって、Q 局所系のなす圏とエタール基本群の有限次元 Q ベクトル空間上の連続表現の圏の間の所望の圏同値が生じる。 また、前の段落で述べた問題も、逆系の大域切断の逆極限をとる関手の導来関手を考える、いわゆる連続エタール・コホモロジーによって解決する。

定義

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Xネータースキームとする。 X 上の ℓ 進層、または Zとは、X 上のエタール層のなす逆系 で、各 n ≧ 0 に対して射 が同型 を誘導するものである[9]

ℓ 進層 は、

ℓ 進層の定義に構成可能であることを含める文献もある(例えば SGA 4 1/2[11])。

X 上の Q 層のなす圏を次のように定義する。

  • 対象は X 上の Z 層とする。
  • 2 つの Z に対して、射の集合 と定める。

このように定義された圏の対象を X 上の Qと呼び、Z で表される Q 層を と表記する[12]

滑らかな ℓ 進層とエタール基本群の連続表現の対応

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連結なネータースキーム X とその幾何学的点 x に対して、SGA 1 では Xx におけるエタール基本群 πét1(X, x) が、X の有限ガロア被覆を分類する群として定義されている。 このとき、X 上の滑らかな ℓ 進層のなす圏は有限生成 Z 加群上の πét1(X, x) の連続表現のなす圏と同値である[13]。 同様に、Q 層の場合は有限次元 Q ベクトル空間上の πét1(X, x) の連続表現と対応する[13]。 これは、代数的トポロジーにおける局所系英語版基本群の連続表現の間の対応の類似である(このため、滑らかな ℓ 進層は局所系と呼ばれることがある)。

ℓ 進コホモロジー

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古典的には、スキーム X 上の Z に対して、X 係数 ℓ 進コホモロジー

と定義される[14]Z により と表される Q 層に対しては

と定義する[14]

しかし、これは導来関手として定義されていないため、関手性に問題が生じる[15]。 この問題を解決するのがウーヴェ・ヤンセン英語版の連続エタール・コホモロジーである。 X 上のエタール層の逆系のなす圏はアーベル圏であり十分単射的対象をもつため[16]、関手 i 次右導来関手を考えられる。 これを逆系 に適用して得られるアーベル群を と表し、X 係数連続エタール・コホモロジーという[注釈 2]

エタール層の逆系 で各射 が全射であるものに対して、X 係数連続エタール・コホモロジーはバルガフ・バット英語版ペーター・ショルツェによるプロエタール・コホモロジーで表すことができる[17]

構成可能 ℓ 進層のなす「導来圏」

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構成可能 層のなす導来圏は、本質的には ℓ 進コホモロジーの場合と類似の式

で表されるようなアイデアにより定義される。 ドリーニュ[2]が最初にこのアイデアに沿った定義を与えた[18]。 その後エケダール[4]によってより一般的な構成が与えられた。

バット英語版ショルツェは、Q の任意の(有限次とは限らない)代数拡大 E に対して、構成可能 E 層の導来圏 プロエタール位相を備えた X のプロエタール景 Xproét 上の E ベクトル空間の層のなすアーベル圏の導来圏 の特別な対象のなす充満部分圏 として実現した[19]

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ 通常のエタール・コホモロジーの場合のホッホシルト・セールスペクトル系列については、例えば Fu 2011, pp. 500–501 を参照。
  2. ^ Jannsen 1988, p. 216 では ℓ 進層における導来関手の値のみに対し という記号が用いられ、また「連続エタール・コホモロジー」の名前もその状況においてのみ与えられているが、ここでは Bhatt & Scholze 2015, Definition 5.6.1 の記法・用語法に従った。

出典

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  1. ^ Illusie 1977.
  2. ^ a b Deligne, Pierre (1980). “La conjecture de Weil. II”. Inst. Hautes Études Sci. Publ. Math. 52: 137-252. 
  3. ^ Jannsen 1988.
  4. ^ a b Ekedahl 1990.
  5. ^ Section 61.1 (0966): Introduction”. The Stacks Project. 2024年8月20日閲覧。.
  6. ^ Bhatt & Scholze 2015.
  7. ^ Etale cohomology with coefficients in ”. mathoverflow. 2024年8月20日閲覧。
  8. ^ Jannsen 1988, pp. 207–208.
  9. ^ Milne 1980, pp. 163–164.
  10. ^ a b Milne 1980, p. 164.
  11. ^ Deligne, Pierre (1977). Cohomologie Etale. Lecture Notes in Mathematics. 569. Berlin; New York: Springer-Verlag. pp. iv+312. doi:10.1007/BFb0091516. ISBN 978-3-540-08066-4. MR0463174 
  12. ^ Definition 64.18.6 (03UR)”. The Stacks Project. 2024年8月21日閲覧。
  13. ^ a b Fu 2011, Proposition 10.1.23.
  14. ^ a b Definition 64.18.8 (03UT)”. The Stacks Project. 2024年8月21日閲覧。
  15. ^ Jannsen 1988, p. 207.
  16. ^ Jannsen 1988, p. 209.
  17. ^ Bhatt & Scholze 2015, § 5.6.
  18. ^ Bhatt & Scholze 2015, p. 100.
  19. ^ Bhatt & Scholze 2015, Proposition 6.8.14.

参考文献

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外部リンク

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