Wikipedia:外来語表記法/チベット語

はじめに[編集]

チベット文字は、元来は表音文字として7世紀ごろに制定されたが、時代がくだるにつれ、綴りと発音の乖離がいちじるしくなった。そのため、諸外国語によるチベット語の転写方式には、大別して発音を写そうとするものと、文字のつづりを写そうとするものが生じることとなった[1]

本記事では、まずチベット学の専門家によって提供または提案されているチベット語のカタカナ転写規則を紹介する。

本記事はもともと、ウィキペディアユーザーが自身の試案を紹介するため2006年に作成した記事であり、第3節以降にはその試案がそのまま収録されている。

チベット学の専門家による表記法[編集]

チベット学の専門家によって提案または提供されているチベット語のカタカナ転写規則としては、以下のようなものがある(発案者の50音順)。

今枝氏による「試案」。
今枝氏が邦訳したロラン・デェ『チベット史』の巻末付録として発表。
「チベット語の人名、地名、固有名詞などを、できるだけ日本人に抵抗のない形で日本語に定着させることを念頭において(中略)作った」とされる。
星泉氏が「チベット語辞典編纂室フレーム」のコンテンツとして提供するツール。ブラウザで閲覧し、任意のチベット語綴りを入力すると、対応するカナ転写が出力される。
「なるべくチベット語の原音に近く、しかも全体として一貫性があり、外来語のカナ表記の範囲内で、出版物や公共放送等で使用した場合にあまり違和感のない表記」を目標としている。

ウィキペディアユーザーによる提案[編集]

以下は、ウィキペディアユーザーによる提案。


以下はチベット語をカタカナ転写する際のガイドラインである。あくまでも目安となるもので、慣用やその他明白な資料が示せる例外があるため、拘束力はない。

現段階は試作段階である。そのため専門家による意見の交換が望ましい。

チベット語の綴りと発音の関係は不規則になりがちで、例外的な発音や末子音の発音のするしないといった規則は方言差が特に大きい。そのため発音の資料を示す事ができることが好ましい。


文字の構造[編集]

基準となる文字を基字と呼ぶ。基字の上につく字を上接字、下につく字を下接字といい、それぞれが基字と組み合わさったものを有頭字、有足字と呼び、両方が組み合わさったものを有頭有足字と呼ぶ。それに先行する文字を前置字と呼び、後続する文字を後置字と呼ぶ。後置字の後にもう1つ文字が続く場合があるそれは再後置字と呼ばれる。母音記号は基字の上ないし下へ付く。1音節のまとまりはツェク)という記号で区切る。

母音記号[編集]

基字に何もない場合はア(口蓋化の場合はエ)で転写する。

  • ི(i)はイ。
  • ུ(u)はウ。口蓋化してもウで転写するが研究者・書籍によってはウィやユと書かれている場合も見受けられる。
  • ེ(e)はエ。
  • ོ(o)はオ。口蓋化するとウで転写するが研究者・書籍によってはオェと書かれている場合も見受けられる。

種字と後置字[編集]

特に断りなき場合は基字としての発音を示した。ローマ字はワイリー方式

  • ཀ(k)は語頭でカ行、多音節語の2音節目(以下2音節目)ではガ行。
  • ཁ(kh)はカ行。
  • ག(g)は前置字または上接字(以下先行子音)のある場合カ行、ない場合はガ行、後置字としてはクまたは母音の長音化。
  • ང(ng)はガ行。後置字の時はン

  • ཅ(c)は語頭でチャ行、2音節目ではジャ行。
  • ཆ(ch)はチャ行。
  • ཇ(j)は先行子音のある場合チャ行、ない場合はジャ行。
  • ཉ(ny)はニャ行。

  • ཏ(t)は語頭でタ行、2音節目ではダ行。
  • ཐ(th)はタ行。
  • ད(d)は先行子音のある場合カ行、ない場合はガ行、後置字の時は母音を口蓋化・長音化する。
  • ན(n)はナ行、後置字の時は母音を口蓋化してン。

  • པ(p)は語頭でパ行、2音節目ではバ行。
  • ཕ(ph)はパ行。
  • བ(b)は前置字または上接字のある場合パ行、ない場合はバ行、後置字の時はプ。
  • མ(m)はマ行、後置字の時はム。

  • ཙ(ts)は語頭でツァ行、2音節目ではザ行。
  • ཚ(tsh)はツァ行。
  • ཛ(dz)は前置字または上接字のある場合ツァ行、ない場合はザ行。

  • ཝ(w)はワ行。
  • ཞ(zh)はシャ行。
  • ཟ(z)はサ行。

  • འ(')はア行。後置字の時は直前が基字であることを示す。
  • ཡ(y)はヤ行。
  • ར(r)はラ行。後置字の時は長音化、またはル。例外あり。
  • ལ(l)はラ行。後置字の時は基本的に口蓋化・長音化。ラサ方言では末子音-lは現れないが資料によってはしばしば見られる。

  • ཤ(sh)はシャ行。
  • ས(s)はサ行。後置字の時は母音を口蓋化・長音化する。

  • ཧ(h)はハ行。
  • ཨ(a)はア行。

有足字[編集]

ྱ(-y)[編集]

  • ཀྱ(ky)は語頭でキャ行、2音節目ではギャ行。
  • ཁྱ(khy)はキャ行
  • གྱ(gy)は先行子音のある場合キャ行、ない場合はギャ行

  • པྱ(py)は語頭でチャ行、2音節目ではジャ行。
  • ཕྱ(phy)はチャ行。
  • བྱ(by)は前置字または上接字のある場合チャ行、ない場合はジャ行。
  • མྱ(my)はニャ行。

  • ཧྱ(hy)はヒャ行。

ྲ(-r)[編集]

  • ཀྲ(kr)、པྲ(pr)は語頭でタ行、2音節目ではダ行。
  • ཁྲ(khr)、ཕྲ(phr)はタ行。
  • གྲ(gr)、དྲ(dr)、བྲ(br)は先行子音のある場合タ行、ない場合はダ行。

  • སྲ(sr)はサ行またはタ行。

  • ཧྲ(hr)はラ行(語頭ではシャ行にも聞こえる)。

ླ(-l)[編集]

この下接字を伴う音は以下の例外を除き全てラ行。

  • ཟླ(zl)は直前の母音を鼻母音化するダ行。

༷(-w)[編集]

この下接字は発音に影響しない。下接字なしと同様に転写する。

有頭字[編集]

ར(r-)、ས(s-)[編集]

ག(g)、ཇ(j)、ད(d)、བ(b)、ཛ(dz)とその有足字を有声無気音にする。

  • སྨྲ(smr)はマ行。

ལ(l-)[編集]

  • ག(g)、བ(b)、ཛ(dz)とその有足字を有声化する。
  • ཇ(j)、ད(d)は前鼻母音化有声音にする。
  • ལྷ(lh)はラ行(語頭ではハ行にも聞こえる)。

前置字[編集]

ག(g-)、ད(d-)、བ(b-)[編集]

ག(g)、ཇ(j)、ད(d)、བ(b)、ཛ(dz)とその有足字を有声無気音にする。有頭字には影響しない

  • ད(d)がབ(b)及びその有足字に先行する時
    • དབ(dba)→ワまたはオ
    • それ以外དབ(db)を飛ばし下接字または母音から発音する。

མ(m-)འ('-)[編集]

ག(g)、ཇ(j)、ད(d)、བ(b)、ཛ(dz)とその有足字を前鼻母音有声無気音にする。

再後置字[編集]

再後置字ས(-s)は声調に影響する場合があるがカナ転写には影響しない。

その他[編集]

  • 「~へ、~に」という意味の助詞のར(-r)が後置された場合ar→アー、ir→エー、ur→オー、er→エー、or→オーとする。
  • 「~の」という意味の助詞のའི(-'i)はそれ自体発音されず母音を長音化・口蓋化する。

例外的な発音[編集]

以下の接辞がའ(')以外の後置字のない母音終わりの語幹に付くと例外的に発音が変わる。

  • བ་(ba)が名詞語幹につくと-a ba→アー、-i ba→オー、-u ba→オー、-e ba→エーないしエワ、-o ba→オー。
  • བ་(ba)が形容詞語幹または動詞語幹につくと-a ba→アー、-i ba→エー、-u ba→オー、-e ba→エー、-o ba→オー。
  • བོ་(bo)が名詞語幹につくと-a bo→アウォ、-i bo→イウ、-u bo→イウォ、-e bo→エボ、-o bo→オー。
  • 縮小辞འུ་('u)は短母音終わりの名詞語幹につき、ウと転写するが-e'uはイウと転写する。

母音同化現象[編集]

母音終わりまたは終子音-pで終わる2音節語の前後の母音は影響しあって変化する。

  • ི(i)とེ(e)がある時→両方の母音がiになる。
  • 後置字のないོ(o)の後にི(i)がある時→1音節目のoがuへ変化する。
  • ུ(u)の後にོ(o)がある時→両方がuまたはoへ揃う。


[編集]

  1. ^ 詳細は「チベット語」を参照。後者の1例として「ワイリー方式」がある。