写像の反復

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数学における写像反復適用および反復合成(はんぷくごうせい、: iteration)は、同じ写像を繰り返し適用すること(無限に英語版繰り返してもよい)、および同じ写像同士で合成を繰り返すことをいう。またそうして得られた写像は、もとの写像の反復合成写像 (iterated function) あるいは合成冪 (power) と呼ぶ。適当な対象を初期値として、それに反復合成写像を適用して得られる値の列は、初期値の軌道 (orbit) と言う。

反復合成は計算機科学フラクタル力学系など、あるいは数学および繰り込み群の物理学において研究の対象となる。

定義

集合 X 上の反復合成の定義は以下のようなものである。

集合 X とその上で定義される変換(自己写像) f: X → X について、非負整数 n に対する fn-次(n-回)反復合成は

によって定義される。ここに idX は集合 X 上の恒等写像で、 fg写像の合成、すなわち (fg)(x) = f(g(x)) で、これは常に結合的である。

指数記法 f n は、反復合成以外にも(値の冪によって定義される)函数のにも使われる(特に三角函数では伝統的にこの記法が使われている)ので、衝突回避のために n-次反復合成のことは演算を明示した などを使う文献もある。

可換性と反復合成列

一般に、任意の非負整数 m, n に対して

が成り立つ。この関係式は構造的には指数法則 aman = am+n と同じで、これは f(x)=ax とおいた特別の場合としても得られる。

一般に、指数 m, n をもっと一般化(負数や分数、あるいはもっと一般に連続的パラメタに対して)したときのこの関係式は平行移動函数方程式 (translation functional equation) と呼ばれる。対数スケールでは、チェビシェフ多項式入れ子性質 (nesting property) Tm(Tn(x))=Tmn(x) (Tn(x) = cos(narccos(x))) に帰着される。

関係式 (fm )n(x) = (fn )m(x) = fmn(x) も成立し、これも同様の指数法則 (am)n =(an )m = amn に対応する。

反復合成を項とする函数列 (fn)エミール・ピカールに因んでピカール列 (Picard sequence)[1][2]と呼ばれ、集合 X の元 x に対する値の (fn(x))x軌道と呼ばれる。

適当な正整数 m が任意の n に対して fn(x) = fn+m(x) を満たすとき、軌道は周期軌道 (periodic orbit) であるといい、そのような m のうち最小のものを、x の(基本)周期 (period of the orbit) と言う。またそのような m の取れる点 x周期点と言う。計算機科学における循環参照検出 (cyclic detection) の問題は、一つの軌道から最初の周期点と周期を求めるアルゴリズム的問題である。

不動点

f(x) = x を満たすような xX が存在すれば x はこの反復列の不動点であるという。f に対する不動点全体の成す集合はしばしば Fix(f ) などで表される。様々な設定の下で、不動点の存在を保証する種々の不動点定理が知られており、例えばバナッハの不動点定理ブラウワーの不動点定理などを挙げることができる。

不動点反復英語版から得られる級数加速法英語版もいくつも存在する。例えば、エイトケン法を反復不動点に対して適用したものはステファンセン法英語版と呼ばれ、二次の収束を与える。

極限の挙動

反復の過程において、その軌跡の集合が小さくなり一点に収束することが起こり得る。このような場合、収束先の点は吸引的不動点と呼ばれる。逆に、反復の軌跡が一点から遠くへ発散していくようなこともあり、この場合は不安定不動点と言う[3]。軌道上の点が一つまたはそれ以上の極限に収束するとき、その軌道の集積点全体の成す集合は、極限集合あるいは ω-極限集合と呼ばれる。

吸引 (attraction) と反発 (repulsion) の概念は同じように一般化される。例えば反復を小さな近傍の挙動に従って安定集合と不安定集合に分類することができる。

極限の挙動は他にもあり得る。例えば遊走点英語版は初期点から遠ざかり、初期点の近くには二度と戻ってこないものをいう。

分数回反復・フロー・負回反復

適当な状況下においては、分数回反復 (fractional iteration) を定義することができる。例えば函数 f半回反復g(g(x)) = f(x) なる写像 g のことであり、これを指数記法で f½(x) と書く。同様に f(x)f(f(f(x))) = f(x) で定義される写像であり、f(x)f(f(x)) で、以下も同様にして既に述べた等式 fmfn = fm+n を原理として定義する。この考え方で反復回数 n を連続的なパラメータへ一般化して、連続的な時間に沿った連続的な軌道なども考えることができる。こういった場合に関しては、この系はシュレーダー方程式によって特定されるフローと考えたほうが適当である。

負回の反復合成 (negative iterate) は逆写像とその反復合成が対応する。例えば f−1(x) は通常の逆写像で f−2(x) はその自己合成 f−2(x) = f−1(f−1(x)) である。正の場合と同様に負の分数階合成も同様に定義され、例えば f−½(x)f−½(f−½(x)) = f−1(x) あるいは同じことだが f−½(f½(x)) = f0(x) = x なるものとして与えられる。

共役

二つの反復合成写像 f, g に対して g = h−1fh を満たす同相写像 h が存在するとき、fg とは位相的に共役であるという。

明らかに位相的共役は gn=h−1f nh が成り立つという意味で反復を保つ。故に一方の反復函数系が分かれば、それと位相的共役な系もわかる。例えばテント写像ロジスティック写像と位相的に共役である。特別な場合として、f(x) = x+1 を取り、g(x) = h−1(h(x)+1) の反復を考えれば、任意の h に対して gn(x) = h−1(h(x) + n) が成り立つ。

x = h−1(y) = ϕ(y) と置けば g(ϕ(y)) = ϕ(y+1) となりこれはアーベル方程式 と呼ばれる形である。

厳密な同相写像でなくとも、不動点の近くでは(今の場合は x = 0 で f(0) = 0 として)写像 Ψ に対するシュレーダーの方程式を解けば[4] f(x) は局所的にわずかの拡大縮小 g(x) = f′(0)x と共役、すなわち f(x) = Ψ−1(f′(0)Ψ(x)) となる。

従って、その反復軌道あるいはフローは、適当な条件(例えば f '(0) ≠ 1)の下で、結局は単項式

Ψ−1(f′(0)n Ψ(x))

の軌道に共役となる。ここで式中の n は通常の冪乗であり、写像の反復がただの乗法に帰着されたことになる。ただしここでの冪指数 n は整数でも正でもある必要は無く、連続な「時間」の変数としてその全軌道を追うことができる[5]。ピカール列全体の成すモノイド全変換半群英語版を参照)は全く連続群に一般化される。

応用

確率論
写像が線型で確率行列(各行各列の値の和が 1 に等しい行列)で表されるならば、この反復系はマルコフチェーンと呼ばれる。
作用素論
反復をアルティン-マズールゼータ函数英語版転送作用素によって調べることもできる。
計算機科学
反復は再帰の特別の場合として生じ、それに関わるラムダ計算やその一部である計算機プログラムの外延的意味論などの広範な話題の研究に根差している。

関連項目

注釈

  1. ^ Kuczma, Marek (1968). Functional equations in a single variable. Monografie Matematyczne. Warszawa: PWN – Polish Scientific Publishers 
  2. ^ Kuczma, M., Choczewski B., and Ger, R. (1990). Iterative Functional Equations. Cambridge University Press. ISBN 0-521-35561-3 
  3. ^ Istratescu, Vasile (1981). Fixed Point Theory, An Introduction, D. Reidel, Holland. ISBN 90-277-1224-7.
  4. ^ Kimura, Tosihusa (1971). "On the Iteration of Analytic Functions", Funkcialaj Ekvacioj 14, 197-238.
  5. ^ Curtright, T.L.; Zachos, C.K. (2009). “Evolution Profiles and Functional Equations”. Journal of Physics A 42 (48): 485208. doi:10.1088/1751-8113/42/48/485208.