共変微分

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微分幾何学における共変微分(きょうへんびぶん、: covariant derivative)とは、可微分多様体上の微分演算を言う。クリストッフェル並びにレヴィ=チヴィタリッチによって導入された[1]。局所表示をとった場合その変換規則は共変(covariant)となる。

概要

テンソルに対する接続を考慮したもので、テンソルの共変成分の階数を一つ上げる微分演算を共変微分(covariant derivative)と呼ぶ[2]

共変微分は、テンソルの和の共変微分、積の共変微分に関して、普通の偏微分と全く同じ法則に従う。

共変微分と偏微分の表記方法

共変微分は大抵の場合、ナブラ と偏微分記号を用いて

と表記する[3]が、簡便記法としてナブラ記号と偏微分記号を落として、代わりにセミコロンとコロンを添字に補って共変微分と偏微分を表す、すなわち

というように表すことがよくある。

定義

M を可微分多様体 、M 上のある点における座標系を(xh) (1 ≦ hn)M 上滑らかなベクトル場の集合を とする。

ベクトル場に対する共変微分

M 上のベクトル場に対する共変微分 (covariant derivative) とは、写像

であって、次の四条件

  1.  (双線型性)
  2.  (ライプニッツ則)

を満たすものを言う。なお、共変微分は可微分多様体の接続 (connection) の条件とみなせることから、M 上のアフィン接続 (affine connection) とも呼ばれる。

双対ベクトル場(微分形式)に対する共変微分

M 上の双対ベクトル場(微分形式)を ω とする。ω に対するベクトル場 X による共変微分 をベクトル場の共変微分を用いて以下

のように定義する[4]

なお、二つのテンソル F, H のテンソル積 のベクトル場 X による共変微分について次の性質

が成り立つ。

接続係数と共変微分の局所表示

座標系 (xh) に関し、n3 個の C 関数 (1 ≦ i, j, kn)を

によって定義する。この関数の集まり を、共変微分 に関する接続係数 (connection coefficients) と呼ぶ。

ここで、ベクトル場

に対して、X による Y の共変微分 は共変微分の規則を用いて展開することで、

ただし、ここで

という表現、すなわち共変微分の局所表現を得る。

さらに、接続係数の定義と微分形式に対する共変微分の定義から

が導かれることから、双対基底と接続係数の関係

が得られる。したがって、微分形式

のベクトル場 X による共変微分の局所表現は、

となる。

ユークリッド空間への埋め込みを使用した非公式な定義

は、リーマン多様体(あるいは擬リーマン多様体)であり、 (C2 写像)によって、ユークリッド空間 に、埋め込まれているものとする。但し、この埋め込みは、以下の性質を両方充たしているものとする。

  • すべてのにおいて、接ベクトル空間が、以下の(eq.01)のベクトル達によって張られる。
  • の標準内積が、Mの計量とcompatibleになる、
… (eq.01)


ここで、「 の標準内積が、Mの計量とcompatible」とは、以下の(eq.02)が、任意のi,j =1,2,...,d に対して成り立つことを意味する。

… (eq.02)


この多様体の計量gは、任意の点で正則であると仮定されているため、上記のcompatibility が成り立つことにより、(eq.01)の「偏導関数として定まった接ベクトルの組み」が線形独立であることも言える。


以下の(eq.03)のベクトル場を、iについて偏微分すると、(eq.04)のようになる。(但し、(eq.03)、(eq.04)はアインシュタインの縮約記法を用いて表記されている。)

… (eq.03)
… (eq.04)


このとき、(eq.04)の二階微分の項は、の接ベクトル空間からはみ出している。


ここで、レヴィ・チヴィタ接続を考える場合、共変微分 は、「Vの第i偏導関数の、接ベクトル空間への直交射影」として以下のように定義される。

… (eq.05)

さらに、は、以下のように書ける。

… (eq.06)


前述のように(eq.04)の二階微分の項は、の接ベクトル空間からはみ出しているが、 係数(これは実はクリストッフェルの記号と一致する)と、接ベクトル空間の基底と、の接ベクトル空間に直交するベクトル(場)と、を組み合わせることで、以下のように分解できる。(アインシュタインの縮約記法を用いている。)

… (eq.07)


は接ベクトル空間に対して直交しているため、二階偏導関数を(eq07)のように分解した状態で第l方向の偏導関数と内積を取れば、以下のようになる。

… (eq.08)


一方で、(eq.02)の両辺を内積の偏微分の公式を使って偏微分すると、

… (eq.09)


であり、これを行列をつかって整理すると、

… (eq.10)


(内積の対称性を使用し、偏微分の順序を入れ替える)

… (eq.11)


そして、計量がかかった、レヴィ・チヴィタ接続の係数(クリストッフェル記号)が得られた。

… (eq.12)


上記の説明の本質を捉えた非常に簡単な例は、以下のようにして得られる。

  1. 平らな紙の上に円を描く。
  2. そして一定の速度で円周を移動する。速度の導関数である加速度ベクトルは、常に放射状に内側を指す。
  3. この紙を円柱に巻きつける。

これで、速度の(ユークリッド空間における)導関数は、 あなたが至点 (solstice)と分点(equinox)のどちらに近いかに応じて、 内向き(円柱の中心軸に向かって内側を指す方向)の成分を持ち得る。 (円周上の点であっても、運動が円柱の中心軸に平行になる場合には内向きの加速度は発生しない。逆に、速度が円柱の曲げ(bend)に沿っているような点(1/4 of a circle later)において、内向きの加速度が最大になる。) これは(ユークリッド空間における)法線'成分である。共変微分成分は、円柱の側面に平行な成分であり、シートを円柱に巻き付ける前と同じである。

リーマン多様体上で成り立つ性質

可微分多様体 M をリーマン多様体とする。すなわち、M の各点に基本計量テンソル が与えられており、接続の記号 クリストッフェル記号 であるとする。

リッチの補定理

基本計量テンソルの共変微分に関して、次の恒等式が成り立つ[5]

リッチの補定理)

リッチの公式

r 階共変テンソルを とする。このとき次のリッチの公式が成り立つ。

リッチの公式)

ただし、リーマン曲率テンソル

共変微分によるベクトル解析

勾配(gradient)

スカラー f の共変微分は f の方向微分に他ならない。そこで、1階共変ベクトルであるスカラー f の xj 方向の共変微分

をベクトル解析に倣い勾配(gradient)と呼ぶ。

発散(divergence)

反変ベクトルの発散

一つの反変ベクトル vk の xj 方向の共変微分 は1階共変、1階反変の混合テンソルであるが、これから作ったスカラー

を、反変ベクトル vk発散(divergence)と呼ぶ。

回転(rotation)

一つの共変ベクトル wi の xj 方向の共変微分 は2階共変テンソルから構成された

という2階共変テンソルを、wi回転(rotation)と呼ぶ[6]

ラプラシアン(Laplacian)

スカラー f から構成したスカラー

, 

をそれぞれ、ベルトラミの第一微分係数第二微分係数と呼ぶ。なお、第二微分係数について

とおいて、これを f のラプラシアン(Laplacian)と呼ぶこともある[7]

脚注

  1. ^ C.G. Ricci, T. Levi=Civita (1901), Méthodes de calcul differéntiel absolu et leurs applications (絶対微分学の方法とその応用)矢野(1971) 和訳pp.17-95
  2. ^ テンソルの反変成分の階数を一つ上げる微分演算を反変微分(contravariant derivative)と呼ぶ。矢野(1971) pp.30-31
    しかしながら、現代において用いられることは少ない。
  3. ^ 1階共変テンソル wi の xj 方向の共変微分を例とする。
  4. ^ ここで、< , > は双対性を表す内積である。すなわち、<ω , Y> はスカラーである。ここで、この共変微分を取ると、ライプニッツ則が成り立つとして
    となって欲しい。しかしながら、微分形式に対する共変微分 は定義されていない。そこで、むしろ上式を微分形式に対する共変微分の定義とするわけである。
    なお、スカラー f に対する共変微分に関して、 であることから、
    となる。
  5. ^ 矢野(1971) p.204
  6. ^ 矢野(1971) pp.204-205
  7. ^ 矢野(1971) p.204

関連項目

参考文献

  • 野水 克己『現代微分幾何入門』裳華房〈基礎数学選書〉、1981年。 
  • 茂木 勇、伊藤 光弘『微分幾何学とゲージ理論』共立出版、1986年。 
  • リーマン,リッチ,レビ=チビタ,アインシュタイン,マイヤー 著、矢野健太郎(訳) 編『リーマン幾何とその応用』共立出版、1971年。 
  • 矢野 健太郎『微分幾何学』朝倉書店、1949年。 
  • 佐武一郎『線型代数学』裳華房、1974年。