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報土寺

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 報土寺
所在地  東京都港区赤坂7丁目6-20
位置 北緯35度40分15.9秒 東経139度43分57.9秒 / 北緯35.671083度 東経139.732750度 / 35.671083; 139.732750座標: 北緯35度40分15.9秒 東経139度43分57.9秒 / 北緯35.671083度 東経139.732750度 / 35.671083; 139.732750
山号 咲柳山
宗旨 浄土真宗
宗派 真宗大谷派
本尊 阿弥陀如来
創建年 1614年
開山 永受
法人番号 6010405001512 ウィキデータを編集
報土寺の位置(東京都区部内)
報土寺
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報土寺(ほうどうじ)は、東京都港区赤坂にある真宗大谷派の寺院。

概要

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慶長19年(1614年)に永受法師による創建。山号は咲柳山(しょうりゅうざん)、寺号は報土寺(ほうどうじ)。

永受法師は越前戦国大名朝倉義景の末裔であり、義景が出陣の時に、いつも兜に入れていたと伝えられる「阿弥陀如来銅像」を携えて、この地に落ち延びたと伝えられている(なお、この像は現在も本堂に安置されている)。

境内には江戸時代力士雷電為右ヱ門儒学者井部香山、写真家・丸木利陽の墓や、野村文挙の碑などがある。また、港区の文化財である築地塀(練塀)や梵鐘などがある。

創建当初の所在地は、赤坂一ツ木大沢の里(現在の赤坂五丁目辺り)だったが、江戸幕府の用地取り上げにより、安永9年(1780年三分坂下の台地に移転し現在に至る。

関連項目

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