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エンデ (インドネシア)

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エンデ
Kota Ende
インドネシアの旗
位置
の位置図
座標 : 南緯8度50分 東経121度39分 / 南緯8.833度 東経121.650度 / -8.833; 121.650
行政
インドネシアの旗 インドネシア
  東ヌサ・トゥンガラ州
 市 エンデ
人口
人口 (2007年現在)
  市域 72,000人
その他
等時帯 インドネシア時間 (UTC+7)
公式ウェブサイト : http://www.ende.go.id

エンデインドネシア語Kota Ende)は、インドネシア東ヌサ・トゥンガラ州フローレス島の南岸の町。エンデ県の県庁所在地。人口72,000人(2007年)。

歴史

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エンデは、18世紀末に存在した王国の領地だった。その後、1916年 - 1917年にかけてオランダへの反逆が起り、ワツアピとマリロンガの戦いといわれている。また、1934年スカルノ1938年まで流刑されたのはエンデである。ブンカルノ美術館は、流刑にされたスカルノの旧居。スカルノは滞在中に、トメル クリムトゥ劇団とともにいくつかの劇を書いた。エンデのサッカー場の近くにパンの木があり、その下でスカルノは政治的な思考を巡らせた。それは、パンチャシラ(インドネシア建国の5原則)として現在でもインドネシアの哲学とし生き続けている。パンチャシラはここで生まれたので、パンチャシラ誕生記念碑が建っている。

地勢

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町は東西に6km。東側が新市街、西側が旧市街。町の北東に空港がある。

イヤ、イピ、メジャ、Wongge山の麓にあり、エンデ、イピ、およびMbuuの美しい湾がありビーチがある。旧市外のさらに西4kmにブルーストーンビーチという緑色の石がある海岸がある。

交通

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空路でクパン(州都)から、またはデンパサールからビマ経由。Pelni(公営)の船が、クパンまたはスラバヤから就航している。