高橋久次郎

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高橋 久次郎(たかはし きゅうじろう、1858年8月25日(安政5年7月17日[1])- 1926年大正15年)6月11日[2])は、明治から大正時代の政治家衆議院議員(5期)。

経歴[編集]

高橋佐十郎の子として、出雲松江藩神門郡稗原村(島根県神門郡稗原村、簸川郡稗原村を経て現出雲市)に生まれる[3]。奉緘斎の門に入り漢籍を修めた[3]。農業を営む傍ら、1876年(明治9年)第四十八区戸長に就任し、1881年(明治14年)稗原村戸長に転じた[3]1884年(明治17年)郡民より推され、島根県会議員に当選し、同常置委員を務めた[3]。ほか、簸川郡会議員、同議長、道路会議議員、郡農会長、郡蚕業同業組合長、郡青年農業団総裁を歴任した[2]

1890年(明治23年)7月の第1回衆議院議員総選挙では島根県第3区から出馬し当選[2]第11回から第14回総選挙でも当選し衆議院議員を通算5期務めた[2]。この間、国民協会創立に参画し、憲政会島根支部長を務めた[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 衆議院『第四十三回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1920年、25頁。
  2. ^ a b c d 衆議院、参議院 1962, 291頁.
  3. ^ a b c d 木戸 1890, 476頁.
  4. ^ 『島根県歴史人物事典』333頁。

参考文献[編集]