高井利五郎

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高井 利五郎(たかい としごろう、1871年 - 1929年)は、日本の教育者。

経歴[編集]

徳島県板野郡三俣村にて、長尾惣五郎の次男として誕生。東京高等工業学校建築科卒。

徳島藩士・高井幸雄の娘・シウ子と結婚し、同家の婿養子となる。明治37年に徳島県立工業学校教諭となったのを皮切りに、明治39年に香川県立工芸学校長、大正3年に広島県立職工学校長、大正13年に台北州立台北工業学校長(第4代)に就任した。昭和4年現職のまま死去(59歳)。

台北工業学校時代の綽名は「トマト」であった。

栄典[編集]

著書[編集]

  • 『最近踏査鮮満支那の教育と産業』大正12年

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第2106号「叙任及辞令」1919年8月12日。
  2. ^ 『官報』第3707号「叙任及辞令」1924年12月29日。

外部リンク[編集]