飯田高央

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飯田 高央(いいだ たかお、1907年明治40年)9月18日[1] - 没年不明)は、日本素封家[2]政治家東京市会議員[3][4]板橋区会議員[1][5]地主[3][5]家主[5]

人物[編集]

東京府北豊島郡板橋町大字下板橋出身。飯田宇兵衛の長男[1]。父は病を得て夭逝、母の薫陶を享け人となった[2]東京帝国大学経済学部卒業[1]1914年家督を相続した[3][4]。金融業を営んだ[6]

家族・親族[編集]

飯田家

東京市板橋区板橋[3]、同区仲宿

飯田家は旧家名門であり[2]板橋宿中宿の名主脇本陣を務めた[7]。代々「宇兵衛」を襲名した[2]。幕末には14代将軍家茂へ降嫁する皇女和宮が宿泊した[7]。また明治初年に大宮氷川神社行幸する明治天皇が休憩した[7]
村会議員をつとめた[2]
  • 母・津多子[2](あるいはつた[6]、東京、宮崎庄太郎の二女)[3]
1883年 -
  • 弟・昌央[3](地主、家主)[5]
1911年 -
  • 妻・俊子[1](あるいはトシ[3]、東京、山口萬五郎の三女)[3]
1909年 -
1930年 -
1933年 -
親戚
  • 山口萬五郎(地主、家主)[9]
住所は東京市豊島区巣鴨[9]
  • 山口萬一(巣鴨六郵便局長)[9]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 『大衆人事録 第12版 東京篇』東京57頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月27日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 『自治団体之沿革 東京府之部』人文記 自治功績録54頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月27日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k 『人事興信録 第14版 上』イ93頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月27日閲覧。
  4. ^ a b 『人事興信録 第12版 上』イ112頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月27日閲覧。
  5. ^ a b c d 『日本紳士録 第41版』東京イ、ヰの部49-50頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月27日閲覧。
  6. ^ a b 『人事興信録 第9版』イ99頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月28日閲覧。
  7. ^ a b c 中宿脇本陣跡、板橋区観光協会公式サイト。
  8. ^ 『北豊島郡誌』157頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月3日閲覧。
  9. ^ a b c 『人事興信録 第13版 下』ヤ86頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年8月28日閲覧。

参考文献[編集]

  • 北豊島郡農会編『北豊島郡誌』北豊島郡農会、1918年。
  • 篠田皇民『自治団体之沿革 東京府之部』東京都民新聞社、1931年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第41版』交詢社、1937年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第12版 東京篇』帝国秘密探偵社ほか、1938年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 下』人事興信所、1941年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年。