霄敖
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| 霄敖 熊坎 | |
|---|---|
| 楚 | |
| 子 | |
| 国名 | 楚 |
| 在位期間 | 紀元前764年 - 紀元前758年 |
| 都城 |
焚 宵[1] |
| 姓・諱 | 熊坎 |
| 諡号 | 霄敖 |
| 没年 | 紀元前758年 |
| 父 | 若敖 |
霄敖(しょうごう、? - 紀元前758年、在位:紀元前763年 - 紀元前758年)は、中国春秋時代初期の楚の君主。姓は羋、氏は熊。諱は坎[2]、または鹿[3]。
若敖の子として生まれた。若敖27年(紀元前763年)、若敖が死去すると、楚子として立った。霄敖6年(紀元前758年)、死去した。子に熊眴(蚡冒)・熊通(武王)があった。熊眴が後を嗣いだ[2]。
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