電気炉製鋼法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

電気炉製鋼法(でんきろせいこうほう)は、電気炉を用いた製鉄法の一種である。略して電気炉法電炉法などとも呼ばれ、一般的に知られている高炉法による製鉄をへる場合と正反対の性質を持つ製鋼法である。

歴史[編集]

電気を用いて鉄鉱石を精錬する試みは18世紀から行われ、1810年ハンフリー・デービーが実験に成功している。商業的に電気炉製鋼法が確立するのは20世紀に入ってからで、1907年アメリカ合衆国で最初の電気炉製鋼プラントが稼動した。

日本では明治末期頃から研究が始まり、いち早く近代化をすすめるため1911年(明治44年7月)に長野県の土橋製鋼所がエール式小型電気炉を東京帝国大学教授で鉄鋼材料学の権威俵国一博士(のちに日本鉄鋼協会設立の立役者の一人)の指導のもとで設置している。

1912年(大正元年)に島根県松江電灯株式会社中国電力の前身の一つ)が斐伊川上流に水力発電所を完成させた。これに伴い電気炉実験のための電力使用の許可を安来鉄鋼合資会社(安来製鋼所、国産工業、日立製作所を経て現在の日立金属安来製作所・冶金研究所に至る)が得ている。当時、安来にはこの電力を使うことができないため発電所に近い奥出雲へ足を運ばねばならなかった。この地は砂鉄鉄山やたたら場に近いので実験に使用する試料には恵まれていたが、地理的に大変不便であり実験に必要な電極の入手が容易ではないというハンディがあったようだ。そこで松江電灯株式会社に助力を求め石油入手が容易な松江市内の火力発電所構内に電気溶解実験の場に送電してもらい電気利用のほかガス利用の実験も行っており熱処理等の具体的生産活動の礎を作ったとされる。

その後、1915年(大正4年)に安来鉄鋼合資会社の比較的改質装置のととのっていた松江第2工場(現・松江市南田町)で日本初の電気炉(伊・スタッサノ式1t)が稼動を始めた。翌年、松江では電気炉による高速度鋼(高級特殊鋼、工具鋼の一種)を溶解を開始し日本初の電気製鋼量産化がスタートし本格的な流通販売が始まった。

概要[編集]

電気炉の内部

一般的に知られる鉄鉱石から高炉を用いて鉄を製錬する製鉄法とは違い、この製鉄法では鉄のスクラップが原料である。アーク放電と呼ばれるに似た放電を科学工学的に発生させ、その放電によって鉄を融解し酸素窒素などの不純物を取り除いた上で製鋼を行う。この放電熱は超高温に達するため、この温度に十分耐えうるように陰極部に人造黒鉛電極を用いるのがこの製鉄法の大きな特徴である。また合金化に関しても許容度が大きいので複雑な成分系の鉄鋼材料が製造されており、耐久性の必要な精密ツールの材料として金型、工具、駆動系部品などの高性能機械部品用途に展開されている。

放電熱によって鉄を融解させるという性質上、比較的融点の低い高炭素で特殊鋼の進化の頂点に位置する工具鋼に最適であるが、鋳鉄までいくとコストメリットがないため凝固理論上困難な領域が最適な適用領域となっていたり、高清浄度が求められる低炭素高合金鋼やリサイクル利用としての低炭素構造用鋼にも用いられる。

高炉法との違い[編集]

電気炉製法は鉄のリサイクルを主とした製鉄法であるため、原料は鉄スクラップである。高炉法より省エネルギーで消費電力は85%、排出二酸化炭素量も92%も抑えることが出来るが、一方でトランプエレメントといわれる鉄鋼製造に問題があるCuやAlなどの混入も取りざたされているが、使用性能に問題はないことも明らかにされてきている。高性能鉄鋼材料では大いに活躍しているが、大量方生産方式の低性能材料に関しては以下の図式が成り立つ。

比較項目 高炉法 電炉法
原料 鉄鉱石 鉄スクラップ
必要エネルギー 大量 大量
(高炉よりは省エネ)

炉の種類[編集]

大きく分けてAC炉とDC炉に分けられ、その名の通りACは交流 (AC) 電流を、DC炉は直流 (DC) 電流を用いて製鉄を行うように設計されている。必要とする人造黒鉛電極もAC炉は3本、DC炉は1本だけとなる。

参考文献[編集]

  • 安来港誌(1915)裏日本社
  • 安来工場百年の歩み(1999)米子プリント社
  • 久保田邦親 「冷間工具鋼の合金設計に関する研究」島根大学博士論文(2010)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]