鈴木芳如

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鈴木 芳如(すずき ほうじょ、1884年6月16日 - 1972年11月15日)は、俳人。文具店「オカモトヤ」の会長も務めた。本名は、よ志。

経歴[編集]

東京府麹町生まれ。1908年、鈴木安二と結婚、二男二女をもうける。1912年、虎ノ門に文具店を開業した。のちに「オカモトヤ」を創業。

家業の傍ら俳句を志し、「さつき」「欅」の門をたたく。1940年頃より原石鼎に師事し、「鹿火屋」にも参加した。

1943年(昭和18年)、大磯町にある鴫立庵の18世庵主となる。以来20年にわたり、戦時中から戦後にかけての苦難の時代に庵主を務め、鴫立庵の維持・発展に努めた。この間、1949年に貞明皇后が鴫立庵に行啓、1951年には西行の歌碑(佐々木信綱揮毫)を庵内に建立する。大磯町の年中行事(3月)である「西行忌」は、芳如の発案とされている。

1947年には、中村汀女深川正一郎らと、句誌「こよろぎ」を発刊した。1972年句道発展の功により、勲六等宝冠章を授与される。

代表句: 春の海 ささら波して 遠からず (庵内に芳如句碑”ささら波”)