辛島篤

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辛島 篤(からしま あつし、1884年明治17年)11月12日 - 1925年大正14年)5月30日)は、日本の女性医師大分県における女性医師の先駆者の一人。

来歴[編集]

大分県宇佐郡佐田村(現:安心院町)に、医師の高木盛胤の三女として生まれる。16歳の時、宇佐郡駅館村(現:宇佐市)出身で大分市で歯科医を開業していた辛島汎と結婚した[1]

脚注[編集]

  1. ^ 清原芳治『女医 辛島 篤 〜医学を志した初の大分県女性』辛島和夫(私家版)、1998年。[要ページ番号]

参考文献[編集]

  • 清原芳治『女医 辛島 篤 〜医学を志した初の大分県女性〜』辛島和夫(私家版)、1998年
  • 大分合同新聞社(編)『大分県歴史人物事典』大分合同新聞社、1996年、159頁。
  • 古庄ゆき子『大分おんな百年』ドメス出版、1993年、73頁。

外部リンク[編集]