貸本劇画

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貸本劇画かしほんげきが)とは、貸本文化から生まれた若手漫画家のムーブメントであり、その後の流行語となった劇画の創成期を表す言葉である。なお、「劇画」の命名は辰巳ヨシヒロによってなされた[1][2]

概要[編集]

国内外のアクション映画などの影響を受けたアクション劇画を発展させ、最盛期には辰巳、さいとう・たかをを中心として劇画工房という漫画家団体を組織した。従来の少年漫画に対抗してアクション性の高いストーリー漫画を「劇画」と呼び、数人の漫画家による書き下ろしアンソロジー形式の単行本『影』『街』などを中心に貸本店で人気を博した。

手塚治虫主催の雑誌『COM』や白土三平主催の『ガロ』などの漫画専門誌の原点でもあり、それ以前の「漫画は子供の読むもの」という風潮を脱却し、青年層への漫画の定着の嚆矢となった。 テレビの普及等の社会の変化に加え、雑誌全体の発行部数の増加、週刊少年漫画誌の定着、青年漫画誌の登場などの理由により貸本漫画全体が衰退し主な出版社が倒産、ほとんどの漫画家は青年漫画誌や少年漫画誌に移っていった。

主な漫画家はさいとう・たかを、佐藤まさあきなど。当時の傾向として漫画家一人一人が代表的な主人公を創造してシリーズ化していることがある。さいとう・たかをの台風五郎シリーズ、佐藤まさあきの影男シリーズ横山まさみち独眼探偵シリーズ南波健二タックル猛牛シリーズ江波譲二トップ屋ジョーシリーズ都島京也猫シリーズなどの各シリーズはそれぞれが20巻を越えるヒット作となっている。

また、同時代に貸本漫画界で活躍していたことから白土三平、小島剛夕水木しげるつげ義春モンキー・パンチバロン吉元などの漫画家を貸本劇画出身と見なす場合もある。

脚注[編集]

  1. ^ 辰巳ヨシヒロ”. デジタル大辞泉. コトバンク. 2014年1月3日閲覧。
  2. ^ 手塚治虫文化賞:朝日新聞社インフォメーション”. 朝日新聞社. 2014年1月3日閲覧。