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紀元前1世紀頃の東夷諸国と貊の位置。

(ばく)は、古代中国東北部から朝鮮半島北東部にかけて居住していた民族[1]

概要[編集]

史料には「穢貊」というような形であらわれることが多い[2]三上次男の整理によれば、「貊がある時代にを自称したとする説」(白鳥庫吉)、「穢は、貊の別種である穢貊の略称とする説」(池内宏)、「穢は貊の別種とする説」(和田清)、「穢は濊水流域に住んでいた貊であるとする説」(凌純声中国語版)がある[2]。それらをふまえた三上次男の考説は、先秦時代の史料では、貊と穢とは結合せず、まったく別個に、単独で使われており、ほんらい穢族と貊族とは別個のものであり、前漢代から、穢と貊との住地が接近、あるいは同方向であったために、穢貊というような連称が生まれた、としている[2]田中俊明は、「このように穢と貊とはほんらい別のものであると考えるべきであろう。ただし、連称されるようになってから、史料上でも、正確な知識を持たないで記述することがおこり、混乱が生じるようになった。従って、それぞれの史料における用法に注意する必要がある」と指摘している[2]

朝鮮民族との関係[編集]

朝鮮民族の祖先であるツングース系民族は古代中国で、「濊」や「貊」と呼ばれていた。「貊」は日本語で「えびす」と訓読みし、蛮族を指す[3]。問題は「濊」の字である。濊は『漢書』武帝紀では「薉」、『漢書』食貨志では「穢」と表記され、『三国志』『後漢書』では「濊」と表記される。いずれも「穢れ」を意味する[3]。「濊」という名の酷さは際立っているが、『三国志』『後漢書』では、ツングース系民族が極めて臭くて不潔(「臭穢不潔」)であったと記されており、尿で手や顔を洗い、ではなく穴の中に住んでいた。の毛皮を着て、冬には豚のを身体に厚く塗って、寒さをしのいでいた[3]。「臭穢不潔」な彼らを「濊」と呼ぶことは漢人にとって自然なことだったと推測される。「濊」は「水が溢れている様」、「穢」は「雑草が生い茂って荒れている様」を表すもので、必ずしも「穢れ」を意味するものではないとする見方もあるが、史書に「臭穢不潔」と記されていることからも、やはり「穢れ」を意味するとみるのが自然である[3]。これらの濊や貊のツングース系部族から派生する扶余族紀元前1世紀に高句麗を建国し、4世紀前半に百済を建国する[3]。濊や貊は後漢に圧迫され、朝鮮半島へと南進したのである。そして、濊や貊は現在の韓国にいた原住民である韓人と混血同化し、今日の朝鮮人となる[3]

脚注[編集]

  1. ^ 世界大百科事典』 - コトバンク
  2. ^ a b c d 田中俊明 『『魏志』東夷伝訳註初稿(1)』国立歴史民俗博物館〈国立歴史民俗博物館研究報告 151〉、2009年3月31日、433-434頁。 
  3. ^ a b c d e f 宇山卓栄 (2022年6月22日). “韓国人は、漢民族に「臭穢不潔」と蔑まれたツングース系民族「濊」の末裔なのか”. 現代ビジネス. オリジナルの2022年6月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220622035106/https://gendai.ismedia.jp/articles/-/96612