葛生能世

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葛生 能世(くずう よしひさ、1874年明治7年)7月25日 - 1958年昭和33年)2月3日)は日本右翼昭和右翼の重鎮、頭山満の片腕といわれた人物。葛生能久とも書く。千葉県出身。

1901年(明治34年)、内田良平右翼団体黒龍会」を設立。1931年(昭和6年)には大日本生産党の結成に参加。戦前から戦中にかけて大政翼賛会総務をつとめ、1937年(昭和12年)に内田が死ぬと黒龍会の最後の主幹・会長をつとめた。敗戦後A級戦犯に指定されたが不起訴となり釈放された。「極端な国家主義的、暴力主義的団体ならびに法務総裁指定団体の有力分子」のため公職追放となる[1]

右翼団体玄洋社の指導者・頭山満の弟子。

脚注[編集]

  1. ^ 『朝日新聞』1951年7月23日一面

関連項目[編集]