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荘敖

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
荘敖 熊囏
第3代王
国名
在位期間 前675年 - 前672年
都城 福丘
[1]
姓・諱 熊囏
諡号 荘敖
生年 不詳
没年 荘敖5年(前672年
文王
息嬀

荘敖(そうごう)は、春秋時代の王。杜敖(とごう)あるいは堵敖(とごう)とも書かれる。

生涯

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文王と息嬀のあいだの子として生まれた。文王15年(紀元前675年)、文王が薨去すると、後を嗣いで楚王となった。

荘敖5年(紀元前672年)、荘敖は弟の熊惲を殺そうとしたが失敗して、熊惲はに亡命した。熊惲は随の国人の助けを借りて、荘敖を襲撃し、荘敖は殺害された。

脚注

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注釈

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出典

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参考文献

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先代
文王
の王
紀元前675年 - 紀元前672年
次代
成王