自動車評論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

自動車評論(じどうしゃひょうろん)とは、自動車について批評(評論)することである。自動車の評論家は「自動車評論家」「モータージャーナリスト」などと呼ばれる。

概要[編集]

ただ一般に自動車評論というと、市販車のドライブインプレッションなど、車そのものの評価・評論を行う(狭義の「自動車評論」)だけでなく、自動車メーカーの今後の動向の分析・解説(近年では自動車メーカーの巨大化に伴い、内容はむしろ経済評論に近づいている)、自動車に関わる行政の動きや警察の取締体制などに対する評価・批判、さらにはいわゆるモータースポーツにおけるドライビングテクニックやチーム・ドライバーの評価等を含むものと解されている。特に「モータージャーナリスト」を名乗る場合は、狭義の自動車評論以外の記事をメインに執筆している者を指すことが多い。

ただし、日本においてはメーカーの接待漬けとなって客観的・中立的な評論を行わない者や、極めて偏った観点からの「評論」を売りにする者、針小棒大な粗探しの成果を架空座談会形式の記事で披露する者、メーカーのプレスキットの内容を丸写ししているだけのような「評論」しか書けない者(事実上のメーカー広報担当)など、評論家としての質に疑問符が付く者も多く、結果として「自動車評論家」に対する信頼性はさほど高くない。

また同じく日本においては公道において交通法規を無視した試乗車による暴走行為を行い、その感想を「評論」と称して発表する者も後を絶たない[1]

さらに、上記の「極めて偏った評論」に付随するが、自動車メーカーに対してはあまねく公正かつ適正な評価をすべきである評論家が、私(わたくし)の感情を濫りに書面にする姿勢もある。「フェラーリ絶対主義」を公言する者もおり、これは評論ではなくコラムに類する。また、例えば2006年に発覚したトヨタの欠陥放置に関し、それまで「GMを抜き世界一の自動車メーカーになるのは当然だろう」としておきながら一転して「メルセデス・ベンツやフォルクスワーゲンには及ばない。やはりB級メーカーだ」と掌を返したような論調も存在し、結果としてアナリストコラムニストとの境界線が曖昧になっているのも事実である。

脚注[編集]

  1. ^ タイヤの音がうるさくて、気になった。走り方が気に食わなかった。」車を蹴った男を逮捕(asahi.com)

自動車評論家[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]