臨床教育学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

臨床教育学(りんしょうきょういくがく)は、教育学のひとつの研究分野である。

概要[編集]

他の教育史教育方法学教育心理学教育行政学などと異なり、教育の理論と実践の中でこれを研究するという特定の対象によって、その性格付けを得ているものではない。むしろ、教育事象や言説、つまり教育の現場で教え、学びが展開されているその現場を見つめ、それを考察し、語る姿勢、しかたを従来のカリキュラム、教育技術はどうなのか、授業の展開はといった既存の尺度からではなく、よりその現象に近づいていくということを考えようという手法で、哲学的、心理学的といった学問領域の枠を超えて、ということもあり得るとする。その行き方にはいくつかのタイプがあり、教育心理学、もしくは臨床心理学を軸としたもの、すなわち、心の問題を中心に教育支援の臨床的なアプローチを試みるものと、教育学の中核、もしくは根底にある人間をどう理解し、どう捉えるかという問いから教育の根幹問題に迫る教育人間学を基盤としたものなど、この学問の方向性は、未知数である。

さらに、教育現場で、直接その授業、生活指導に栗組む構えの中から、教育の問題を考える、決して先行する教育理論からではなく、という行き方を教育臨床学とか、臨床教科教育学などと称するもの、また学校現場のさまざまな問題、いじめ、不登校、落ちこぼれなどを、既にその時点で、臨床的だというような立場もある。

臨床教育学の現状[編集]

現在、臨床教育学という名称は各地で名乗られ、それがどのような学問であるかを簡潔に言い表すことは困難であるが、日本において臨床教育学を名乗る講座が初めて現れたのは京都大学からである。本来はオランダのマルティヌス・ヤン・ランゲフェルドによって提唱されたものであり、京都大学はその流れを汲むものである。その後、臨床教育学に対する関心は高まり、「臨床教育学」または「教育臨床」を名乗る講座が次々に設置されていったが、それらは必ずしも共通理解の上に成り立っているとは言いがたく、実際には、いわゆる「臨床ブーム」に便乗しただけのものも少なくない。

大まかには、教育人間学的な方向の京都大学、心理臨床的な方向の武庫川女子大学北海道大学の臨床教育学研究が現在、日本における大きな流れである。大学院で、臨床教育学研究科があり、その専攻で学位を与えているのは、武庫川女子大学のみである。

日本以外ではカナダなどで活発に研究が行われている。代表的な研究者としてはM・V・マーネン(Max van Manen、『生きられた経験の探究―人間科学がひらく感受性豊かな“教育”の世界』ゆみる出版 2011年の邦訳がある。オランダ人、カナダ、アルバータ大学教授)など。発祥地であるオランダでは、ランゲフェルト以降、それほど活発な研究は行われていないようである。

臨床教育学の歴史[編集]

臨床教育学の歴史は非常に浅いものであるが、日本に初めて臨床教育学という講座が現れたのは1988年、京都大学教育学部においてである。大学院臨床教育学専攻として設置されたこの講座は臨床教育学、臨床人格心理学の大学講座を基幹、教育人間学と臨床心理学を協力講座とした独立専攻の講座である。本来はユトレヒト大学のM.J.ランゲフェルトに端を発する学問で、日本ではランゲフェルト著作の翻訳や紹介を数多く手がけている和田修二(当時京都大学、現名古屋女子大学)によって提唱され、河合隼雄(同)、皇紀夫(すめらぎのりお)(同、現大谷大学)などによって講義が為された。そのため、京都大学における臨床教育学はM・J・ランゲフェルトの流れを汲むものであると言える。

>1996年に『臨床教育学入門』(河合隼雄)が岩波書店から出版されたが、これが日本で初めて出版された「臨床教育学」についての本である。その後、皇・和田両名編著による『臨床教育学』(アカデミア出版会)が発行された。これは、京都大学における臨床教育学研究、ひいては日本国内における臨床教育学講座設置の経緯などを把握する上で重要な出版物であると言える。

また、1996年の日本教育学会で臨床教育学をテーマにシンポジウムが開かれるなど臨床教育学に対する関心は高まったが、同時に「臨床」の独り歩きも多々あった。その背景には臨床心理学カウンセリングブームなどによる「臨床ブーム」があったようである。そのため、臨床教育学は肥大化し様々な教育研究が「臨床」を冠するようになり、武庫川女子大学の田中孝彦らを中心として、2011年に教育臨床、臨床心理学を基礎とした日本臨床教育学会が発足し、機関誌「臨床教育学研究」を刊行している。教育哲学、教育人間学を基礎とする臨床教育人間学会は、京都大学の矢野智司、横浜国立大学の高橋勝らを中心に2001年から活動を始めている。日本以外ではカナダで臨床教育学の活動が活発に行われているようである。

臨床教育学の方法論[編集]

ここではランゲフェルトの流れを汲む臨床教育学の方法論について明らかにしたい。方法論としては主に解釈学言語哲学が用いられる。従来の教育学は教育者のある「べき」姿や、教員養成のための学として成長してきたが、教育現象を意味づける学として観ると未熟であるという側面を持っている。そのような従来の教育学の弱点である「教育現象を解釈し意味づけ」を行うのが臨床教育学の役割の一つである。臨床教育学では特に教育世界における「問題」(不登校など)が手掛かりにされることが多い。「問題」とは、それを「問題化」している教育観によって語られるものであるが、そのような語りのコンテクストに差異を与え、「教育」に新たな意味を付与していくのが臨床教育学の立場である。臨床教育学は「問題」の予防や解決を目的としたものではない。

現在の臨床教育学の課題[編集]

臨床教育学は「臨床ブーム」などの影響で多様化し、現在、様々な臨床教育学が存在する。そのため、前項の「臨床教育学の方法論」で述べた臨床教育学も一つの臨床教育学についてであって、全体の把握としては不十分なものである。なぜあえて「臨床」を名乗るのかについてはいずれの研究においても重要な課題である。従来の教育学から未分化のまま「臨床」を名乗ったとしてもそれは従来の教育学に言葉の上でのみ新鮮味を与えただけで終わってしまうし、臨床教育学の空洞化が拡大するだけである。

参考文献[編集]

  • 河合隼雄『臨床教育学入門』岩波書店
  • 皇紀夫編『臨床教育学の生成』玉川大学出版部
  • 和田修二、皇紀夫編『臨床教育学』アカデミア出版

関連項目[編集]