聖バルボラ教会

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聖バルボラ教会
建築物
KUTNA HORA (js) 11.jpg
チェコ
座標 49°56′42″N 15°15′49″E / 49.94500°N 15.26361°E / 49.94500; 15.26361座標: 49°56′42″N 15°15′49″E / 49.94500°N 15.26361°E / 49.94500; 15.26361
世界遺産
世界遺産名 クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂
登録年 1995 (#19)
番号 732
区分 EUR
登録基準 ii, iv
聖バルボラ教会の位置(チェコ共和国内)
聖バルボラ教会
ウェブサイト: www.kutnahora.cz

聖バルボラ教会 (チェコ語: Chrám svaté Barbory) はチェコクトナー・ホラに位置するカテドラル様式のカトリック教会。聖バルボラ大聖堂 (チェコ語: Katedrál sv. panny Barbory) とも[1]。中央ヨーロッパでも著名なゴシック建築教会の一つで、ユネスコ世界遺産に「クトナー・ホラの聖バルボラ教会のある歴史地区とセドレツの聖母マリア大聖堂」として登録されている。聖バルバラ[注 1]は鉱山で働く人たちの守護聖人で、専ら銀山を基盤とする街にとって非常に相応しいものであった。

教会の建設は1388年に始まったが[2]、この工事はしばしば中断されたために、多大な時間を要し、1905年まで完成しなかった。最初の建築家にはおそらくペトル・パルレー英語版の息子であるヨハン・パルレー英語版が任命された[2]。建設はフス戦争のために、60年以上中断され、1481年にマチェイ・レイセク英語版ベネディクト・リート英語版、ミクラーシュ・パルレーを責任者として再開された[2]

元々の設計では今日ある教会より二倍は大きいものであったが、教会の建設は街の銀山に依存していたので生産量の低下の為に縮小された。このため1588年に、3つの尖頭をもつ屋根と[2]、暫定的な壁が建設された。しばらくの後、イエズス会に占有されるようになると建築物は徐々にバロック様式へと変更されたが、いくつかの箇所はゴシック様式のまま残されている[2]

竣工及び修復の最終作業は建築家J・モケル及び、L・ラブレルの元、19世紀末に行われた[2]

画像[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ チェコ語のバルボラはバルバラに対応する。

出典[編集]

  1. ^ Kutna Hora Information Cathedral of S.t Barbara
  2. ^ a b c d e f J. Chyský, M. Skalník, Vl. Adamec (1965) A Guide to Czechoslovakia (Artia, Prague) p129

外部リンク[編集]