箸尾為国

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箸尾為国
時代 室町時代後期 - 戦国時代
生誕 不明
死没 不明
改名 藤徳丸(幼名)→為国
官位 上野介
氏族 箸尾氏
父母 父:箸尾宗信
筒井順永
為時

箸尾 為国(はしお ためくに)は、室町時代後期から戦国時代にかけての武将大和国国人箸尾宗信の子。幼名は藤徳丸。官位上野介

略歴[編集]

応仁の乱の直後に父が急死した為、後を継いで筒井氏と協力して越智家栄と戦った。

しかし文明7年(1475年)、筒井氏と共に万歳氏を攻撃したが、逆に大敗北となり、箸尾氏は深刻な被害を受けた。文明9年(1477年)、畠山義就畠山政長勢を破ると、大和でも義就方が攻勢に出て、為国・筒井順尊十市遠清ら筒井党は総崩れとなった。以後、箸尾氏らは復帰の為の戦いを繰り広げたが、筒井方は劣勢であり、文明19年(1487年)、為国は越智氏方に降参した。以後、大和では越智党の優勢が続いた。

畠山義就が延徳2年(1490年)に死去すると、後を継いだ基家明応2年(1493年)に10代将軍足利義稙を奉じた政長に攻め込まれるが、留守を突いた細川政元に敗れた政長は自害した(明応の政変)。同年、越智家栄は大和国衆を率いて上洛したが、為国はその中に入っていた。永正3年(1506年)の安位寺再建の奉加帳に名前が載っているが、以降の消息は不明。同族に筒井順慶に仕えた箸尾高春がいる。