筒井順定

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
筒井順定
時代 江戸時代初期
生誕 慶長6年1月5日1601年2月7日
死没 慶長20年3月5日1615年4月2日
改名 藤太郎(幼名)、順定
伊賀上野藩世嗣
氏族 筒井氏
父母 筒井定次織田秀子
兄弟 順定春次鞍田九左衛門室、
筒井六左衛門室、新庄直氏室、
多田正吉室、加納豊前
テンプレートを表示

筒井 順定(つつい じゅんてい)は、江戸時代初期の伊賀国上野藩の世嗣。

略歴[編集]

筒井定次の嫡男として誕生。生母は定次の正室である織田信長の三女・秀子であるため、信長の外孫に当たる。幼名は藤太郎。

慶長13年(1608年)に父が改易されると、父と共に陸奥国磐城平藩主・鳥居忠政の許に預けられた。慶長20年(1615年)3月5日、大坂冬の陣において豊臣氏と内通したという罪により、父と共に自害させられた。

外部リンク[編集]