第二芸術

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第二芸術 ―現代俳句について―」(だいにげいじゅつ げんだいはいくについて)は、岩波書店の雑誌『世界』1946年11月号に掲載された桑原武夫論文。同年に同論文を表題作とする評論集(岩波書店刊)に収録された。俳句という形式は現代の人生を表しえないなどとして、俳句を「第二芸術」として他の芸術と区別するべきと論じたものであり、当時の俳壇に大きな論争を引き起こした(第二芸術論争)。

この論文では桑原はまず作者名を伏せたうえで、大家の作品のなかに無名の作者のものを混ぜた15の俳句作品を並べ、作品からは素人と大家の優劣をつけることができないとする。ここから俳句においては大家の価値はその党派性によって決められるものであるとして批判し、また近代化している現実の人生はもはや俳句という形式には盛り込みえず、「老人や病人が余技とし、消閑の具とするにふさわしい」ものとして、強いて芸術の名を使うのであれば「第二芸術」として区別し、学校教育からは締め出すべきだという結論を導き出している。

桑原の挑発的な論調もあってこの論文は俳人たちの間で多くの反論を引き起こした。主な論者は山口誓子中村草田男日野草城西東三鬼加藤楸邨などで、山口と桑原は毎日新聞紙上で「往復書簡」のやりとりをしている。反論側の要旨は俳句の党派性などの弊害をある程度認めつつ、桑原の鑑賞力の低さや俳句に対するそもそもの非好意的な態度を批判するもので、中でも中村草田男が激しい反論を行った。戦後の当時は俳人たちも俳句のあり方を模索していた時期であり、この論争はその後社会性俳句運動などが生まれる遠因ともなった[1]

参考文献[編集]

  • 桑原武夫 『第二芸術』 講談社学術文庫、1976年
  • 『現代俳句大事典』 三省堂、2005年
  • 『現代俳句ハンドブック』 雄山閣、1995年

出典

  1. ^ 高野ムツオ 「第二芸術論」 『現代俳句ハンドブック』 203-204頁

関連文献[編集]