種子島久達

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種子島 久達(たねがしま ひさたつ、元禄4年(1691年) - 延享元年7月16日1744年8月23日)は、薩摩藩(鹿児島藩)家臣、種子島氏第20代当主。

父は種子島久基。母は島津光久の十四女裟千代。子は島津久甫室、種子島久芳。幼名伝次郎。通称四郎助、太郎左衛門、弾正。初名時春、意時、久陣。

略歴[編集]

元禄4年(1691年)1月12日生まれる。元禄12年(1699年)、藩主島津綱貴の加冠で元服する。享保12年(1727年)、兄憲時の死去により嫡子となり、藩主島津継豊に拝謁する。享保13年(1728年)、五番組頭、番頭となる。享保15年(1730年)、藩主継豊帰国許可の謝使として江戸に出府して、江戸城で将軍徳川吉宗に拝謁する。享保20年(1735年)、桜町天皇即位式典の祝賀使を務める。元文元年(1736年)、父の隠居により家督相続する。延享元年(1744年)藩主島津吉貴の使いで江戸に出府し、江戸城で将軍吉宗、世子家重に拝謁する。同年8月19日死去。家督は嫡男の久芳が相続した。

参考文献[編集]