福井資明
| 福井資明 九段(追贈) | |
|---|---|
| 名前 | 福井資明 |
| 生年月日 | 1888年2月19日 |
| 没年月日 | 1972年4月14日(享年84) |
| 棋士情報 | |
| プロ入り年月日 |
1941年9月(六段) (将棋大成会正会員) |
| 師匠 | 関根金次郎十三世名人 |
| 段位 | 九段(追贈) |
| ■テンプレート ■プロジェクト | |
福井 資明(ふくい すけあき、1888年〈明治21年〉2月19日 - 1972年〈昭和47年〉4月14日)[1][2]は、日本の将棋棋士[注釈 1]。青森県弘前市出身。関根金次郎十三世名人門下[4][注釈 1]。
北海道での将棋の普及活動や後進育成に尽力し、福井と師弟関係にあった棋士はいないが、のちに福井の弟弟子となる五十嵐豊一や、同じく福井の兄弟弟子である渡辺東一門下となる勝浦修の発掘に貢献している[5]。
昭和40年代の将棋名鑑では「地方棋士」として掲載されている。死没後の2006年に九段位を追贈された[6][7][注釈 1]。
経歴
[編集]1888年(明治21年)、津軽藩御用菓子司の弘前市の老舗「大阪屋」に生まれる[6]。
幼少の頃、青森の杉野六段に将棋道の手解きを受け[8]、その後旭川市に移り家業を手伝いながら将棋に打ち込んだ[2]。
1917年(大正6年)に三段、1922年(大正11年)四段、1923年(大正12年)五段[8]。
1926年(大正15年)に火災に遭い[2]、これを機に同年5月頃に千葉市に住む関根金次郎名人に師事し[8]棋士生活に入り、千葉で将棋道場を開く[2]。
1931年(昭和6年)、北海道大学の教授たちからの強い要請により、師匠の関根名人の推薦を受けて北海道へ移住する[2]。
1941年(昭和16年)に将棋大成会北海道支部[注釈 2]を設立するなど、北海道での将棋の普及活動に尽力する。
1950年(昭和25年)4月、八段へ昇段する。
1961年(昭和36年)5月、札幌で行われた第20期名人戦第3局で正立会人を務める[9]。
1967年(昭和42年)10月8日、北海道将棋会館落成式[10]。会館建設に福井が尽力し、建設後には会館維持を目的として北海道将棋連盟設立[11]。
1972年(昭和47年)4月14日、死去[2][12][13]。享年84歳。
2006年(平成18年)11月17日付で日本将棋連盟より九段位が追贈された[14][注釈 1]。これに関して、東奥日報の当初の記事[15] では『全国初の九段位を追贈』とし、東奥日報の後の記事[6]では「プロ九段位」、社団法人北海道将棋連盟サイト[16]では『晴れて正式のプロ棋士として認められ』とする記事内容になっている。
昇段履歴
[編集]- 1917年(大正6年)3月 - 三段 [8][17]
- 1922年(大正11年)9月 - 四段 [8][18]
- 1923年(大正12年)12月 - 五段 [8][19]
- 1933年(昭和8年)10月 - 六段 [8][20]
- 1941年(昭和16年)9月 - 将棋大成会正会員に推薦 [8][21]
- 1945年(昭和20年)1月 - 七段 [注釈 3]
- 1950年(昭和25年)4月 - 八段
- 1972年(昭和47年)4月14日 - 死去 [2]
- 2006年(平成18年)11月17日 - 追贈九段 [14]
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 「福井資明」『札幌人名事典 さっぽろ文庫』札幌市、1993年9月21日、255頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ a b c d e f g 「福井先生のこと(渡辺東一八段)」『近代将棋 1972年6月号』64-65頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 「棋士系統図 (PDF)」『日本将棋連盟』。2025年9月11日閲覧。
- ^ 「鷹揚流でつかんだ竜王位 勝浦修九段×広瀬章人竜王「師弟」vol.4~将棋世界2019年8月号より - 将棋コラム」『日本将棋連盟』2019年7月3日。
- ^ 「福井資明」『北海道歴史人物事典』北海道新聞社、1993年7月21日、314-315頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ a b c 「故福井さんにプロ九段位/日将連」『Web東奥・ニュース』。2006年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ^ 「五十嵐豊一九段」『将棋の話 - バックナンバー2028年』2008年8月30日。2009年6月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ^ a b c d e f g h 『将棋月報 1943年1月号』将棋月報社、1943年1月10日、84-86頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 天狗太郎『棋士の世界』時事通信社、1977年2月、102頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『近代将棋 1967年12月号』近代将棋社、1987年3月30日、8頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 北海道将棋連盟理事 岩船修『近代将棋 1994年9月号』176-177頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『将棋年鑑 昭和47年版』日本将棋連盟、1972年8月10日、279頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『写真でつづる将棋昭和史』毎日コミュニケーションズ、1987年3月30日、246頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ a b 「日本将棋連盟からのお知らせ」『日本将棋連盟』。2008年9月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。
- ^ [リンク切れ]東奥日報HP『将棋普及に尽力の県人に九段位』
- ^ [リンク切れ]北海道将棋連盟HP『平成18年度 社団法人北海道将棋連盟事業報告(抜粋)』
- ^ 『時事年鑑 大正10年版』時事通信社、1921年1月11日、679頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『時事年鑑 大正12年版』時事通信社、1922年11月15日、635頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『時事年鑑 大正14年』時事通信社、1924年12月28日、577頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『日本紳士録(昭和12年)』交詢社、1937年4月10日、29頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『将棋月報 1941年10月号』将棋月報社、1941年10月10日、1頁。 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ^ 『将棋世界 1980年12月号』日本将棋連盟。 - 国立国会図書館デジタルコレクション