瞳はるかに
「瞳はるかに」 | |
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メリー・ホプキン の シングル | |
初出アルバム『Those Were the Days』 | |
B面 | ザ・ゲーム |
リリース | |
規格 | 7インチ・シングル |
ジャンル | カンツォーネ |
時間 | |
レーベル | アップル・レコード |
作詞・作曲 | セルジオ・バルドッティ、セルジオ・エンドリゴ[1] |
「瞳はるかに」(原題: Lontano Dagli Occhi)は、イタリアのシンガーソングライターのセルジオ・エンドリゴ(Sergio Endrigo)が1969年に発表した楽曲。第19回サンレモ音楽祭で2位を獲得した。日本ではメリー・ホプキンのバージョンがよく知られる。
概要
[編集]作詞作曲はセルジオ・バルドッティとセルジオ・エンドリゴ。1969年1月30日から2月1日にかけて開催された第19回サンレモ音楽祭にエンドリゴとメリー・ホプキンは出場し、それぞれ別に「瞳はるかに」を歌い、2位を獲得した。大賞はボビー・ソロとイーヴァ・ザニッキが歌った「涙のさだめ(Zingara)」であった。
エンドリゴは同年、シングルA面として発表し、本国でヒットした。B面は「San Firmino」。日本でも同年5月にシングルが発売されているが、B面はカルメン・ヴィラーニの「ピッコラ・ピッコラ」であった[2]。
ホプキンのバージョンも同年にイタリアなど各国でシングルとして発売された。B面はファースト・アルバム『ポスト・カード』に収められていた「ザ・ゲーム」。音楽祭で歌った音源ではなく、スタジオで録音されたものである[3]。この年イギリスとアメリカでは発売されず、イタリア、スペイン、ポルトガル[4]、ユーゴスラビア、トルコ、ブラジル、アルゼンチンなどで発売された。
本国イギリスでは1970年1月16日発売のシングル「夢みる港(Temma Harbour)」のB面に収録された[5]。アメリカ[6]、西ドイツ[7]、オーストラリア、ニュージーランド、オランダ、デンマーク、南アフリカ、メキシコ、日本などもそれに追随した。
その後、1972年発売のアルバム『Those Were the Days』に収録された[8]。
脚注
[編集]- ^ a b 45cat - Mary Hopkin - Lontano Dagli Occhi / The Game - Apple - Italy - APPLE 7
- ^ 45cat - Sergio Endrigo - Lontano Dagli Occhi / Piccola Piccola - Seven Seas - Japan - HIT-1611
- ^ 45cat - Mary Hopkin - San Remo '69 - Apple - Spain
- ^ Mary Hopkin - Lontano Dagli Occhi (Vinyl) at Discogs
- ^ 45cat - Mary Hopkin - Temma Harbour / Lontano Dagli Occhi - Apple - UK - APPLE 22
- ^ 45cat - Mary Hopkin - Temma Harbour / Lontano Dagli Occhi - Apple - USA - 1816
- ^ Mary Hopkin - Temma Harbour / Lontano Dagli Occhi (Vinyl) at Discogs
- ^ Mary Hopkin - Those Were The Days (Vinyl, LP) at Discogs