白ロシア戦線

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白ロシア戦線ロシア語: Белорусский фронт白ロシア(ベラルーシ)方面軍、もしくは白ロシア(ベラルーシ)正面軍とも)は、第二次世界大戦中(独ソ戦中期と後期)に2度に渡りソ連ベラルーシ地域に設置された赤軍の方面軍級部隊である。

白ロシア戦線(1943年10月~1944年2月)[編集]

最初の白ロシア戦線は、1943年10月20日、中央戦線の改称により設置された。その編成下には、第3軍、第48軍、第50軍、第61軍、第63軍、第65軍、第16航空軍が入り、事後、第10軍と第11軍が配属された。

1943年10月、戦線部隊は、プロニャ川ソジュ川右岸の橋頭堡を利用して、ゴメリボブルイスク方面で攻勢転移した。ドニエプルに橋頭堡を確保し、南方からドイツ第2軍ゴメリ集団を脅かした。11月、ゴメリ・レチツァ作戦を行い、130km前進し、11月17日にレチツァ、11月26日にゴメリを解放した。戦線部隊は、敵の逆襲を撃退し、ノーヴイ・ブィホフ、ジロビン、モズィリ東方の線を確保した。

1944年1月~2月前半、カリンコヴィチ・モズィリ作戦中、カリンコヴィッチ、モズィリを解放して、ドゥブロフ、オザリッチ、ムルィノクに到達し、防勢に転移した。

1944年2月24日、2月17日付最高司令部スタフカの命令に基づき、白ロシア戦線は、第1白ロシア戦線に改称された。

編制[編集]

  • 第3軍 - 1943年10月20日~
  • 第48軍 - 1943年10月20日~
  • 第50軍 - 1943年10月20日~
  • 第61軍 - 1943年10月20日~
  • 第63軍 - 1943年10月20日~
  • 第65軍 - 1943年10月20日~
  • 第16航空軍 - 1943年10月20日~
  • 第10軍
  • 第11軍

指揮官[編集]

白ロシア戦線(1944年4月)[編集]

2度目の白ロシア戦線は、1944年4月5日、第1白ロシア戦線の改称により設置された。その編成下には、第3軍、第47軍、第48軍、第61軍、第69軍、第70軍、第16航空軍、ドニエプル小艦隊が入った。

1944年4月16日、4月12日付スタフカの命令に基づき、白ロシア戦線は、第1白ロシア戦線に改称された。

編制[編集]

  • 第3軍 - 1944年4月5日~4月16日
  • 第47軍 - 1944年4月5日~4月16日
  • 第48軍 - 1944年4月5日~4月16日
  • 第61軍 - 1944年4月5日~4月16日
  • 第69軍 - 1944年4月5日~4月16日
  • 第70軍 - 1944年4月5日~4月16日
  • 第16航空軍 - 1944年4月5日~4月16日
  • ドニエプル小艦隊 - 1944年4月5日~4月16日

指揮官[編集]

  • 司令官:コンスタンチン・ロコソフスキー上級大将
  • 軍事会議議員:K.テレギン中将
  • 参謀長:ミハイル・マリーニン大将

関連項目[編集]

外部リンク[編集]