玉水弘

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玉水 弘(たまみず ひろし)は、日本実業家関西ペイントの創業者。

経歴[編集]

東京帝国大学応用化学科卒の技術者で、先発メーカーの日本ペイント東亜ペイントを経て独立。1917年に関西ペイント工業所を創業した[1]。研究施設や工場拡大のための資金調達に窮し、岩井勝次郎を紹介され1918年、岩井商店の援助により関西ペイントを設立する事となる[2]

援助の代償として経営権を岩井商店に譲渡。自分は取締役兼技師長に退いたが、豊潤な資金を元に、国産初となるラッカーの開発に成功。企業として発展のきっかけを作った。

二男一女をもうけたが、2人の息子が若くして戦死したことにより、現在の関西ペイントの経営に玉水家は全く無縁である。

脚注[編集]

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  1. ^ 関西ペイント[株とは]”. コトバンク. 2011年2月19日閲覧。
  2. ^ ~優れた技術力でグローバル市場に飛躍~”. 協豊会. 2011年2月19日閲覧。

外部リンク[編集]