玉川福太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

玉川 福太郎(たまがわ ふくたろう)は、浪曲名跡

初代[編集]

2代目[編集]

二代目玉川福太郎(にだいめ たまがわ ふくたろう、1945年8月12日 - 2007年5月23日)は、山形県飽海郡平田町(現・酒田市)出身。本名、佐藤 忠士。

人物と芸風[編集]

1968年、3代目玉川勝太郎に入門。イエス玉川は年若の兄弟子、妻は曲師の玉川みね子。

1974年、NHK浪曲新人コンクールで優勝し、同年2代目玉川福太郎を襲名。読み物は読み物は玉川一門のお家芸とも言える「天保水滸伝」の他「清水の次郎長」「忠治山形屋」など多数。任侠物を得意にし、豪快かつ色気のある芸風で人気を博す。1990年には文化庁芸術祭賞を受賞し、現役浪曲師として頂点の評価を得た。

玉川のお家芸、「天保水滸伝」を連続読みする企画、「玉川福太郎の徹底天保水滸伝!」を2004年に5ヶ月連続開催、成功させ[1]、四代目勝太郎を継ぐと誰からも目される存在になったが、2007年5月23日事故の為、急逝。61歳没。

後進の育成、曲師の養成に力を注いだ。 弟子に、玉川福助、玉川お福、玉川こう福、玉川奈々福、玉川ぶん福、玉川太福がいる。

主な受賞歴[編集]

  • NHK浪曲新人コンクール優勝(1974)
  • フジサンケイグループ放送演芸大賞・ホープ賞(1975)
  • 文化庁芸術祭賞(1990)

脚注[編集]

  1. ^ 長井好弘「時代の証言者」浪曲の聖地を守る 根岸京子.15 読売新聞2014年7月29日