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'''ビージャール'''({{lang-fa|بیجار}}; {{lang-ku|بیجاڕ|translit=Bîcar}})<ref>{{cite news |title=قائیمقام و ئەنجوومەنی شاری بیجاڕ رێککەوتن دژایەتی یەکدی نەکەن |url=https://www.rudaw.net/sorani/middleeast/iran/121220161?keyword=&isArchive=True |access-date=18 March 2020 |work=Rûdaw |date=13 December 2016}}</ref><ref>{{cite news |title=Kurd hunera xwe arzan difroşin |url=https://yeniozgurpolitika.net/kurd-hunera-xwe-arzan-difrothin/ |access-date=18 March 2020 |work=Yeni Özgür Politika |date=23 April 2014}}</ref>とは、[[イラン]]の[[コルデスターン州]][[ビージャール郡]]の[[都市]]で、郡中央市である。2011年の調査では、人口47,926、14,970世帯<ref>{{IranCensus2006|12}}</ref>
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== 歴史 ==
== 歴史 ==
[[サファヴィー朝]]の最初の支配者である[[イスマーイール1世]]に属する村として、15世紀に初めて町に言及された。ビージャールは19世紀に町になった。第一次世界大戦時に[[ロシア]]、[[イギリス]]、[[オスマン]]帝国に包囲・占領され、1918年の飢饉の援助もあり、戦前の人口20,000人を半減させた。<ref>{{cite web|title=Bijar|url=http://www.iranicaonline.org/articles/bijar-a-town-and-a-sahrestan-county-in-the-kurdistan-province-of-iran|website=Encyclopædia Iranica|access-date=8 October 2017}}</ref>
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19世紀にビージャールの規模は発展し、[[第一次世界大戦]]前には約20,000人の住民が生活していた。しかし、第一次世界大戦時に[[ロシア]]、[[イギリス]]、[[オスマン]]帝国に町は包囲・占領され、続く飢饉によって人口は半減した。<ref name="ir"/>

== 産業 ==
ビージャールは[[ペルシア絨毯]]の主要な生産地の一つとして知られている。ビージャールの絨毯は耐久性に優れていることで知られ、ヘラーティ(菱形)、メダリオン、花の文様があしらわれている。<ref>{{Cite web |url=https://www.carpetencyclopedia.com/styles-origin/persian-carpets/bidjar |title=Bidjar |accessdate=2022-05}}</ref>絨毯はビージャールとその周囲の村落で作られており、工場の生産に依らない家内工業が営まれている。<ref name="ir"/>


== 建築 ==
== 建築 ==
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ビージャールの北東45kmに存在するガム・チョガは、[[メディア王国]]時代に遡ると思われるコルデスターン州で最も古い城塞の遺跡であり、[[サーサーン朝]]時代まで使用され


ビージャールの東45kmのHasan Abad(ヤースーキャンド)に位置する、もう一つの歴史的建築物Emamzadeh Aqilは、現存するセルジューク建築の一つである。崩落したドームを持つこの方形の建物(6*6.5)には、[[クーフィー体]]の文字で書かれた[[クルアーン]]が収められている。
ビージャールの東45kmに位置するEmamzadeh Aqilは、[[セルジューク朝]]時代の建築の一つである。崩落したドームを備える、縦6m、横6.5mの方形の建物には、[[クーフィー体]]の文字で書かれた[[クルアーン]]が収められている。


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ビージャール[[サナンダジュ]]を結ぶ街道の途上には城があり、<ref>{{cite web|title=Changiz Castle|url=http://www.tellmeaboutiran.com/index.php/en/provinces/west/kurdistan/bijar/changiz-castle|website=Tell Me About Iran|access-date=8 October 2017|archive-url=https://web.archive.org/web/20171009043706/http://www.tellmeaboutiran.com/index.php/en/provinces/west/kurdistan/bijar/changiz-castle|archive-date=9 October 2017|url-status=dead}}</ref>[[13世紀]]に[[モンゴル帝国]]がイランに侵入した際に建てられたため、「チンギス城」と呼ばれている。<ref name="Toiran" />


独特のデザインのビージャールのバザールは、町の魅力の一つである。[[ガージャール朝]]期に建てられた屋根付きのバザールは、コルデスターンの州都サナダジュの古いサファヴィー朝時代のバザールよりも、はかに新しいビジャールのバザールは主要な南北屋根付きの通路、東部分(Timcheh-e Haj Shahbaz)、西部分(Timcheh-e Amir Toman)で構成される。
独特の外観で知られる屋根付き[[バザール]]は、[[ガージャール朝]]期に建てられた施設である。バザールは南北を通る屋根付きの通路、東部分(Timcheh-e Haj Shahbaz)、西部分(Timcheh-e Amir Toman)で構成される。より古いサファヴィー朝時代に建設されたバザールも存在していたが、第一次世界大戦期に焼失した。<ref name="Toiran" />


== 脚注 ==
== 脚注 ==

2022年5月10日 (火) 12:58時点における最新版

ビージャール

بيجار
市(シャフル)
ビージャール産の絨毯
ビージャール産の絨毯
ビージャールの位置(イラン内)
ビージャール
ビージャール
座標:北緯35度52分22秒 東経47度36分10秒 / 北緯35.87278度 東経47.60278度 / 35.87278; 47.60278座標: 北緯35度52分22秒 東経47度36分10秒 / 北緯35.87278度 東経47.60278度 / 35.87278; 47.60278
イランの旗 イラン
コルデスターン州
ビージャール郡
人口
(2016年)
 • 都市部
50,014[1]
等時帯 UTC+3:30 (IRST)
 • 夏時間 UTC+4:30 (IRDT)

ビージャールペルシア語: بیجار‎; クルド語: بیجاڕ[2][3]とは、イランコルデスターン州都市で、ビージャール郡の郡中央市に定められている。2016年当時の人口は50,014人。

ビージャールは標高1,940mの地点に位置し、イランの屋根と呼ばれている。[4]

人口統計[編集]

町には主に南部クルド語を話すクルド人が住んでいるが、クルド語の方言であるソラニーも話されている。[5]

ビージャールの住民の言語の割合
言語 割合
南部クルド語
  
90%
ソラニー
  
7.9%
ペルシア語
  
2%
アラム語
  
0.1%
第一次世界大戦期のビージャール

歴史[編集]

ビージャールの名前が最初に資料に現れたのは15世紀であり、サファヴィー朝の最初の君主であるイスマーイール1世が支配する村として記録されている。[6]

19世紀にビージャールの規模は発展し、第一次世界大戦前には約20,000人の住民が生活していた。しかし、第一次世界大戦時にロシアイギリスオスマン帝国に町は包囲・占領され、続く飢饉によって人口は半減した。[6]

産業[編集]

ビージャールはペルシア絨毯の主要な生産地の一つとして知られている。ビージャールの絨毯は耐久性に優れていることで知られ、ヘラーティ(菱形)、メダリオン、花の文様があしらわれている。[7]絨毯はビージャールとその周囲の村落で作られており、工場の生産に依らない家内工業が営まれている。[6]

建築[編集]

ビージャールの北東45kmに存在するガム・チョガは、メディア王国時代に遡ると思われるコルデスターン州で最も古い城塞の遺跡であり、サーサーン朝時代まで使用された。

ビージャールの東45kmに位置するEmamzadeh Aqilは、セルジューク朝時代の建築物の一つである。崩落したドームを備える、縦6m、横6.5mの方形の建物には、クーフィー体の文字で書かれたクルアーンが収められている。

ビージャールとサナンダジュを結ぶ街道の途上には廃城があり、[8]13世紀モンゴル帝国がイランに侵入した際に建てられたため、「チンギス城」と呼ばれている。[4]

独特の外観で知られる屋根付きのバザールは、ガージャール朝期に建てられた施設である。バザールは南北を通る屋根付きの通路、東部分(Timcheh-e Haj Shahbaz)、西部分(Timcheh-e Amir Toman)で構成される。より古いサファヴィー朝時代に建設されたバザールも存在していたが、第一次世界大戦期に焼失した。[4]

脚注[編集]

  1. ^ Statistical Center of Iran > Home
  2. ^ “قائیمقام و ئەنجوومەنی شاری بیجاڕ رێککەوتن دژایەتی یەکدی نەکەن”. Rûdaw. (2016年12月13日). https://www.rudaw.net/sorani/middleeast/iran/121220161?keyword=&isArchive=True 2020年3月18日閲覧。 
  3. ^ “Kurd hunera xwe arzan difroşin”. Yeni Özgür Politika. (2014年4月23日). https://yeniozgurpolitika.net/kurd-hunera-xwe-arzan-difrothin/ 2020年3月18日閲覧。 
  4. ^ a b c Bijar”. Toiran. 2017年10月8日閲覧。
  5. ^ Language distribution: Bijar”. Iran Atlas. 2017年12月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年8月15日閲覧。
  6. ^ a b c Bijar”. Encyclopædia Iranica. 2017年10月8日閲覧。
  7. ^ Bidjar”. 2022年5月閲覧。
  8. ^ Changiz Castle”. Tell Me About Iran. 2017年10月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年10月8日閲覧。