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{{文学}}
| title = アッシャー家の崩壊
『'''アッシャー家の崩壊'''』(アッシャーけのほうかい、''The Fall of the House of Usher'')はアメリカの作家[[エドガー・アラン・ポー]]の短編小説である。『バートン紳士雑誌(Burton's Gentleman's Magazine)』1839年9月号に掲載された。
| orig_title = The Fall of the House of Usher

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昔の友人を訪ねた男が友人の住む奇妙な館で次々に遭遇する不思議な出来事を、[[ゴシック小説]]風に描いた作品である。
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| image_caption = [[オーブリー・ビアズリー]]による挿絵、1894年
| author = [[エドガー・アラン・ポー]]
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| published_in = 『ボストン・ジェントルマンズ・マガジン』1839年9月
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「'''アッシャー家の崩壊'''」(アッシャーけのほうかい、''The Fall of the House of Usher'')は、[[1839年]]に発表された[[エドガー・アラン・ポー]]の[[短編小説]]。旧友アッシャーが妹と二人で住む屋敷に招かれた語り手が、そこに滞在するうちに体験する様々な怪奇な出来事を描く、[[ゴシック小説|ゴシック]]風の[[幻想小説]]である。ポーの代表的な短編として知られており、美女の死と再生、あるいは生きながらの埋葬、得体の知れない病や書物の世界への耽溺など、ポー作品を特徴づけるモチーフの多くが用いられている。『バートンズ・ジェントルマンズ・マガジン』9月号に初出、1840年に『グロテスクとアラベスクの物語』に収録された。


==あらすじ==
==あらすじ==
語り手は少年時代の旧友ロデリック・アッシャーから突然の招待を受け、荒涼とした景色の中にたつアッシャー家の屋敷にたどり着く。ロデリックは神経を病んでおり、病状を軽減するために唯一の友人である語り手に来訪を頼んだのであった。数年ぶりに合った旧友は、かつての面影を残しながらもすっかり様子が変わっており、中でも死人のような肌と瞳の輝きが語り手を驚かせる。ロデリック自身の説明するところでは、この神経疾患はアッシャー家特有のもので治療のしようがなく、一度かかると奇妙な感覚に囚われたり、五感が異常に研ぎ澄まされて苦痛を感じさせたりするのだという。そして病の原因となっていたものは、最愛の妹(後に双子とわかる)のマデラインがいましも死に瀕しているということであった。
{{ネタバレ}}
私はあるとき、旧友であるロデリック・アッシャーからの手紙を受け取った。中には彼の体の疾患や心の病、そしてそれらをいくらか軽くするために唯一の友人である私に会いたいということが書かれており、私はそれに応じてアッシャー家を訪れる。しかし陰鬱で古い屋敷の雰囲気に始まり、あまりに荒涼とした周囲の風景、短い間に変わり果ててしまったアッシャーの姿、アッシャーの愛する妹マデリン嬢の重病など、ありとあらゆる物が私に此の屋敷への違和感を覚えさせた。その後数日間、私はアッシャーの気を少しでも紛らわせるために彼と共に過ごす。しかしある晩、アッシャーは私に突然、マデリン嬢の死を告げる。その後彼の希望により、私たちは彼女の亡骸を安置室に納める。それ以降さらにアッシャーの病状は悪化する。その数日後の嵐の夜に、古い書物を二人で読んでいるとアッシャーは私に、自分たちはマデリン嬢を生きたまま棺に入れてしまったこと、そして彼女が今扉の外にいることを叫ぶ。アッシャーの言ったとおり出てきたマデリン嬢は彼に寄りかかり、激しい断末魔と共にアッシャーは死ぬ。私は恐怖のあまり屋敷から逃げ出す。その後屋敷に延びている亀裂が一気に広がり、壁を真っ二つに裂いた。そして私の足元の沼は、そのアッシャー家を飲み込んでしまう。
[[Image:Aubrey Beardsley - Edgar Poe 3.jpg|thumb|[[オーブリー・ビアズリー]]によるイラスト]]


語り手はアッシャー家に滞在し、その間ともに書物を読んだり、ロデリックの弾くギターを聴いたりして時を過ごす。やがてある晩、ロデリックは妹マデラインがついに息を引き取ったことを告げ、二人はその亡骸を棺に納め地下室に安置する。この妹の死によって、ロデリックの錯乱は悪化していく。
==歌劇==
[[フランス]]の作曲家[[クロード・ドビュッシー]]は、この作品を元にした[[オペラ]]アッシャー家の崩壊 ("La chute de la maison Usher")」([[1908年]]-[[1918年]])の作を試みたが、台本は完成したものの音楽は作曲家の死により未完の絶筆となってしまった。2つの補筆版が存在する。


それから7,8日経った晩、二人は屋敷の窓から、この屋敷全体がぼんやりと光る雲に覆われているのを見る。この奇怪な光景がロデリックの病状に障ることを恐れた語り手は、ランスロット・キャニングの『狂気の遭遇』を朗読しロデリックの注意を引こうとする。しかし物語を読み進めるうち、語り手は屋敷のどこかから不気味な音が響いてきていることに気付く。その音はだんだん近づいてき、やがてはっきりと聞こえるようになると、ロデリックはその音が妹が棺をこじ開け、地下室を這い登ってくる音であって、自分は妹を生きていると知りながら棺の中に閉じ込めてしまっていたのだと告白する。やがて重い扉が開き、死装束を血で汚したマデラインが現れると、彼女は兄にのしかかり彼を殺してしまう。恐怖に駆られた語り手は屋敷を飛び出して逃げて行くと、その背後でアッシャーの屋敷はその亀裂から月の赤い光を放ちながら轟音を立てて崩れ落ち、よどんだ沼の中に飲み込まれていった。
[[1991年]]にはイギリスのシンガーソングライター[[ピーター・ハミル]]が、クリス・ジャッジ・スミスの台本により[[ロック・オペラ]]として作曲している。


==外部リンク==
==解題==
[[Image:BurtonsGentlemansMagazine.jpg|thumb|180px|right|『ジェントルマンズ・マガジン』の「アッシャー家の崩壊」掲載号。1839年]]

「アッシャー家の崩壊」は、ポーの散文作品のうち最もよく知られた作品である<ref>Kennedy, J. Gerald. "Introduction: Poe in Our Time" collected in ''A Historical Guide to Edgar Allan Poe''. Oxford University Press, 2001. ISBN 0195121503 p. 9</ref>。ポーの多くの作品と同様、この作品もゴシック小説の伝統に則って書かれており、アメリカにおけるゴシック小説の代表作と考えられている。編集者G.R.トマソンは『エドガー・アラン・ポー短編傑作集』(1970年)の序文において、「この物語は長くゴシック・ホラーの傑作と見なされてきたものであり、また劇的なアイロニーと構成的なシンボリズムを併せ持つ傑作でもある」(36頁)と書いている。また日本語版の訳者[[巽孝之]]は、ポーのこの達成がなければ、[[スティーブン・キング]]を原作とした[[スタンリー・キューブリック|キューブリック]]の映画『[[シャイニング]]』も、[[マーク・Z・ダニエレブスキー]]の『[[紙葉の家]]』も「決してありえなかっただろう」としている<ref>巽孝之訳 『黒猫・アッシャー家の崩壊』 新潮文庫、2010年、200頁</ref>。もっとも、ポーが「モレラ」や「[[ライジーア]]」などで用いた人物像や場面を使いまわしている、あるいは原因不明の病や狂気といったポーのお決まりのパターンを繰り返しているといったことに対しては批判も存在する<ref>Krutch, Joseph Wood. ''Edgar Allan Poe: A Study in Genius''. New York: Alfred A. Knopf, 1926. p. 77</ref>。

ポーはこの作品を[[ボストン]]のルイス・ウォーフに実在した「アッシャー家」の屋敷において起こった事件から着想を得たらしい。この事件はある船員が屋敷の主人の若妻と密通し、それをしった主人が妻とともに船員を捕らえて殺害したというもので、1800年にこの屋敷が取り壊された時、互いに抱き合った二つの遺体が地下貯蔵庫から発見された<ref>A.I.A. Guide to Boston. Susan and Michael Southworth p. 59</ref>。また女優であったポーの実母の親友にもアッシャーの姓を持つ女性がおり、彼女はジェイムズとアグネスという兄妹をもうけたが、ふたりは1814年に孤児となりそろって神経を病んだという<ref>巽孝之訳 『黒猫・アッシャー家の崩壊』 新潮文庫、2010年、201頁</ref>。

作品冒頭で[[エピグラフ]]として掲げられている[[ピエール=ジャン・ド・ベランジェ|ド・ベランジェ]]からの引用句「彼の心はあたかも張り詰めたリュートのようだ。ひとたび触れれば、たちまち共鳴してしまう」(巽孝之訳)は、ベランジェの原文では「彼の心(Son cœur)」ではなく「私の心(Mon cœur)」になっている。また作中で「[[カール・マリア・フォン・ウェーバー|フォン・ヴェーバー]]最後のワルツ」について言及があるが、このピアノ曲も実際には上述のド・ベランジェが作曲したもので、ウェーバーが1826年に死去した際に遺品の間に見つかったため誤って彼に帰せられていたものであった<ref>[http://www.eapoe.org/geninfo/poemisc.htm E. A. Poe Society of Baltimore&nbsp;— A Few Minor Poe Topics<!-- Bot generated title -->]</ref>。作中でロデリックによる歌曲として使用されているポー自身の詩「狂える城」は『ボルティモア・ミュージアム』1839年4月号が初出。ロデリックの蔵書として紹介されている書物のほとんどは実在の書物だが、最後に登場する「サー・ランスロット・キャニングの『狂気の遭遇』」という作品は架空の書物である。

==翻案==
=== 映画 ===
*アッシャー家の末裔(''La Chute de la maison Usher''、1928年、フランス)[[ジャン・エプスタン]]監督
*アッシャー家の崩壊(''The Fall of the House of Usher''、1928年、アメリカ合衆国)[[ジェームズ・シブレイ・ワトソン]]監督
*アッシャー家の崩壊(''The Fall of the House of Usher''、1949年、イギリス)[[イヴァン・バーネット]]監督
*アッシャー家の惨劇(''House of Usher''、1960年、アメリカ合衆国)[[ロジャー・コーマン]]監督、[[ヴィンセント・プライス]]主演
*アッシャー家の崩壊(''Zánik domu Usheru''、1980年、チェコ)[[ヤン・シュヴァンクマイエル]]監督のアニメーション
*アッシャー家の大虐殺(''El hundimiento de la casa Usher''、1983年、スペイン・フランス)[[ジェス・フランコ]]監督
*アッシャー家の崩壊(''The House of Usher''、1988年、アメリカ合衆国)[[アラン・バーキンショー]]監督、[[オリヴァー・リード]]主演
*ハウス・オブ・アッシャー ~アッシャー家の崩壊~( ''The House of Usher''、2006年、アメリカ合衆国)[[ヘイリー・クローク]]監督
*ハウス・オブ・アッシャー(''House of Usher''、2008年、アメリカ合衆国) [[デヴィッド・デコトー]]監督

===音楽===
*フランスの作曲家[[クロード・ドビュッシー]]は、1908年から1917年にかけてこの作品を元にした[[オペラ]]アッシャー家の崩壊 ("La chute de la maison Usher")作を試みたが、台本は完成したものの音楽はの死により未完の絶筆となった。2つの補筆版が存在する。
*イギリスのフォーク・ロックバンド[[リンディスファーン]]の楽曲「Lady Eleanor」(1970年)は、この作品が元になっている。
*[[アラン・パーソンズ・プロジェクト]]の1976年のアルバム『怪奇と幻想の世界~エドガー・アラン・ポーの世界』には「アッシャー家の崩壊」と題する[[インストルメンタル]]が収録されている。
*[[フィリップ・グラス]]は1987年にこの作品のオペラを製作している。台本は[[アーサー・ヨーリンクス]]による。
*[[1991年]]にはイギリスのシンガーソングライター[[ピーター・ハミル]]が、[[クリス・ジャッジ・スミス]]の台本により[[ロック・オペラ]]として翻案している。

== 出典 ==
日本語訳は巽孝之訳『黒猫・アッシャー家の崩壊』(新潮文庫、2010年)および河野一郎訳「アッシャー家の崩壊」(『ポオ小説全集1』所収、創元推理文庫、1974年)を参照した。
{{Reflist|2}}

== 外部リンク ==
{{Wikisourcelang|en|The Fall of the House of Usher|アッシャー家の崩壊}}
* {{Gutenberg|no=932|name=The Fall of the House of Usher}}
* {{Gutenberg|no=6557|name=The Fall of the House of Usher}} (audiobook)
* [http://www.eapoe.org/works/tales/usherf.htm Full text] as reprinted in ''The Works of the Late Edgar Allan Poe'' (1850)
* [http://www.bartleby.com/195/10.html Full text] at Bartelby.com
* [http://poestories.com/read/houseofusher "The Fall of the House of Usher" with annotated vocabulary] at PoeStories.com
* [http://www.amlit.com/fallusher/chap0.html Full text] at American Literature
* [http://www.cummingsstudyguides.net/Guides2/Usher.html#Top Study guide]
* [http://poedecoder.com/essays/usher/ Analysis] by Martha Womack
*[http://www.aozora.gr.jp/cards/000094/card882.html 『アッシャー家の崩壊』佐々木 直次郎訳:新字新仮名]([[青空文庫]])
*[http://www.aozora.gr.jp/cards/000094/card882.html 『アッシャー家の崩壊』佐々木 直次郎訳:新字新仮名]([[青空文庫]])



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2010年9月17日 (金) 11:05時点における版

アッシャー家の崩壊
The Fall of the House of Usher
オーブリー・ビアズリーによる挿絵、1894年
オーブリー・ビアズリーによる挿絵、1894年
著者 エドガー・アラン・ポー
発行日 1839
ジャンル ゴシック小説短編小説
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
形態 文学作品
ウィキポータル 文学
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アッシャー家の崩壊」(アッシャーけのほうかい、The Fall of the House of Usher)は、1839年に発表されたエドガー・アラン・ポー短編小説。旧友アッシャーが妹と二人で住む屋敷に招かれた語り手が、そこに滞在するうちに体験する様々な怪奇な出来事を描く、ゴシック風の幻想小説である。ポーの代表的な短編として知られており、美女の死と再生、あるいは生きながらの埋葬、得体の知れない病や書物の世界への耽溺など、ポー作品を特徴づけるモチーフの多くが用いられている。『バートンズ・ジェントルマンズ・マガジン』9月号に初出、1840年に『グロテスクとアラベスクの物語』に収録された。

あらすじ

語り手は少年時代の旧友ロデリック・アッシャーから突然の招待を受け、荒涼とした景色の中にたつアッシャー家の屋敷にたどり着く。ロデリックは神経を病んでおり、病状を軽減するために唯一の友人である語り手に来訪を頼んだのであった。数年ぶりに合った旧友は、かつての面影を残しながらもすっかり様子が変わっており、中でも死人のような肌と瞳の輝きが語り手を驚かせる。ロデリック自身の説明するところでは、この神経疾患はアッシャー家特有のもので治療のしようがなく、一度かかると奇妙な感覚に囚われたり、五感が異常に研ぎ澄まされて苦痛を感じさせたりするのだという。そして病の原因となっていたものは、最愛の妹(後に双子とわかる)のマデラインがいましも死に瀕しているということであった。

語り手はアッシャー家に滞在し、その間ともに書物を読んだり、ロデリックの弾くギターを聴いたりして時を過ごす。やがてある晩、ロデリックは妹マデラインがついに息を引き取ったことを告げ、二人はその亡骸を棺に納め地下室に安置する。この妹の死によって、ロデリックの錯乱は悪化していく。

それから7,8日経った晩、二人は屋敷の窓から、この屋敷全体がぼんやりと光る雲に覆われているのを見る。この奇怪な光景がロデリックの病状に障ることを恐れた語り手は、ランスロット・キャニングの『狂気の遭遇』を朗読しロデリックの注意を引こうとする。しかし物語を読み進めるうち、語り手は屋敷のどこかから不気味な音が響いてきていることに気付く。その音はだんだん近づいてき、やがてはっきりと聞こえるようになると、ロデリックはその音が妹が棺をこじ開け、地下室を這い登ってくる音であって、自分は妹を生きていると知りながら棺の中に閉じ込めてしまっていたのだと告白する。やがて重い扉が開き、死装束を血で汚したマデラインが現れると、彼女は兄にのしかかり彼を殺してしまう。恐怖に駆られた語り手は屋敷を飛び出して逃げて行くと、その背後でアッシャーの屋敷はその亀裂から月の赤い光を放ちながら轟音を立てて崩れ落ち、よどんだ沼の中に飲み込まれていった。

解題

『ジェントルマンズ・マガジン』の「アッシャー家の崩壊」掲載号。1839年

「アッシャー家の崩壊」は、ポーの散文作品のうち最もよく知られた作品である[1]。ポーの多くの作品と同様、この作品もゴシック小説の伝統に則って書かれており、アメリカにおけるゴシック小説の代表作と考えられている。編集者G.R.トマソンは『エドガー・アラン・ポー短編傑作集』(1970年)の序文において、「この物語は長くゴシック・ホラーの傑作と見なされてきたものであり、また劇的なアイロニーと構成的なシンボリズムを併せ持つ傑作でもある」(36頁)と書いている。また日本語版の訳者巽孝之は、ポーのこの達成がなければ、スティーブン・キングを原作としたキューブリックの映画『シャイニング』も、マーク・Z・ダニエレブスキーの『紙葉の家』も「決してありえなかっただろう」としている[2]。もっとも、ポーが「モレラ」や「ライジーア」などで用いた人物像や場面を使いまわしている、あるいは原因不明の病や狂気といったポーのお決まりのパターンを繰り返しているといったことに対しては批判も存在する[3]

ポーはこの作品をボストンのルイス・ウォーフに実在した「アッシャー家」の屋敷において起こった事件から着想を得たらしい。この事件はある船員が屋敷の主人の若妻と密通し、それをしった主人が妻とともに船員を捕らえて殺害したというもので、1800年にこの屋敷が取り壊された時、互いに抱き合った二つの遺体が地下貯蔵庫から発見された[4]。また女優であったポーの実母の親友にもアッシャーの姓を持つ女性がおり、彼女はジェイムズとアグネスという兄妹をもうけたが、ふたりは1814年に孤児となりそろって神経を病んだという[5]

作品冒頭でエピグラフとして掲げられているド・ベランジェからの引用句「彼の心はあたかも張り詰めたリュートのようだ。ひとたび触れれば、たちまち共鳴してしまう」(巽孝之訳)は、ベランジェの原文では「彼の心(Son cœur)」ではなく「私の心(Mon cœur)」になっている。また作中で「フォン・ヴェーバー最後のワルツ」について言及があるが、このピアノ曲も実際には上述のド・ベランジェが作曲したもので、ウェーバーが1826年に死去した際に遺品の間に見つかったため誤って彼に帰せられていたものであった[6]。作中でロデリックによる歌曲として使用されているポー自身の詩「狂える城」は『ボルティモア・ミュージアム』1839年4月号が初出。ロデリックの蔵書として紹介されている書物のほとんどは実在の書物だが、最後に登場する「サー・ランスロット・キャニングの『狂気の遭遇』」という作品は架空の書物である。

翻案

映画

音楽

出典

日本語訳は巽孝之訳『黒猫・アッシャー家の崩壊』(新潮文庫、2010年)および河野一郎訳「アッシャー家の崩壊」(『ポオ小説全集1』所収、創元推理文庫、1974年)を参照した。

  1. ^ Kennedy, J. Gerald. "Introduction: Poe in Our Time" collected in A Historical Guide to Edgar Allan Poe. Oxford University Press, 2001. ISBN 0195121503 p. 9
  2. ^ 巽孝之訳 『黒猫・アッシャー家の崩壊』 新潮文庫、2010年、200頁
  3. ^ Krutch, Joseph Wood. Edgar Allan Poe: A Study in Genius. New York: Alfred A. Knopf, 1926. p. 77
  4. ^ A.I.A. Guide to Boston. Susan and Michael Southworth p. 59
  5. ^ 巽孝之訳 『黒猫・アッシャー家の崩壊』 新潮文庫、2010年、201頁
  6. ^ E. A. Poe Society of Baltimore — A Few Minor Poe Topics

外部リンク