スサビノリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Neobodo (会話 | 投稿記録) による 2019年10月27日 (日) 05:56個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (大幅加筆)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

スサビノリ
スサビノリ (赤紫色部) とアオサ (緑色)
(千葉県千葉市)
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 植物界 Plantae
(アーケプラスチダ Archaeplastida)
: 紅色植物門 Rhodophyta
: ウシケノリ綱 Bangiophyceae
: ウシケノリ目 Bangiales
: ウシケノリ科 Bangiaceae
: アマノリ属 Pyropia
: スサビノリ P. yezoensis
学名
Pyropia yezoensis
(Ueda) M.S.Hwang & H.G.Choi, 2011[1]
シノニム
英名
Nori, Open Sea Nori[1]

スサビノリ (尻沢辺海苔、尻澤邊海苔[2]) (学名Pyropia yezoensis) は、ウシケノリ科アマノリ属に分類される紅藻であり、食用とされる海苔の1種。以前は Porphyra に分類されていたが、2011年に Pyropia に移すことが提唱され、現在の学名になった[3][4]。食用・養殖の対象として最もよく用いられる海藻であり、日本で養殖されるアマノリ類の99%はスサビノリ (さらにその品種であるナラワスサビノリ) であるとされる[5][6]

特徴

全く形の異なる葉状体 (配偶体) と糸状体 (胞子体、コンコセリス期) の間で世代交代を行う[7][8]。葉状体は秋から春にかけて見られ、春に成熟、不動精子および造果器 (卵) を形成する。受精した造果器は分裂し、果胞子 (接合胞子ともよばれる) をつくる。放出された果胞子はカキ殻などの基質に穿孔して潜り込み、糸状体を形成して越夏する。糸状体は20℃程度の高水温下で成長する。水温が23℃に達すると糸状体の先端に殻胞子を形成し、再び20℃程度まで低下すると (秋期) これを放出する。放出された殻胞子は、岩床などの基物に着生し、葉状体を形成する。

葉状体は細胞1層からなる膜質[7][9]。形は状態により倒卵形、楕円形、倒披針形と変異に富む。大きさはふつう 5–20 x 2–8 cm ほどだが、ときに 50 x 20 cm になる。品種であるナラワスサビノリはさらに大きくなる (後述参照)。赤褐色をしており、基部は緑色がかることが多い。縁辺は波打ち、全縁で顕微鏡的な鋸歯はない。厚さは 35–53 µm (未成熟部分)。基本的に雌雄同株で雌雄生殖細胞は混在しているが、雌雄異株の個体も存在する。波の強い岩礁域の潮間帯上部から下部に生育し、岩、防波堤など人工護岸、他の海藻などの基物に着生している。糸状体は微小な分枝糸状体。また葉状体は縁辺部で原胞子 (単胞子、中性胞子ともよばれる) を形成、放出し、これが再び葉状体に成長する無性生殖も行う。

分布

日本から朝鮮半島にかけての東アジアに分布する[7]。またイタリアからも報告があり、東アジアから帰化したものと考えられている[1]。日本国内では本州北部から北海道に自生する[7]。また、海苔原料として日本各地で養殖されている。

利用

有明海. 海苔養殖用の支柱が多数立てられている.
板海苔.

現在では、海苔養殖のほとんどはスサビノリ、特にその中でも品種であるナラワスサビノリ (奈良輪尻沢辺海苔[2]) (学名:Pyropia yezoennsis f. narawaensis N. Kikuchi, Niwa & Nakada, 2015[1]) を用いている。ナラワスサビノリは1960年代後半、千葉県袖ケ浦町 (当時) 奈良輪の漁港で見つかった[5]。スサビノリは、それまでノリ養殖の主役であったアサクサノリにくらべて、板海苔にすると黒く艶があるため利用されるようになっていた。さらに、ナラワスサビノリは生殖細胞を形成しにくいため、迅速に大きく成長する (摘採しなければ 1 m に達する)[6]。このような特徴をもつため、ナラワスサビノリは全国的にノリ養殖に用いられるようになった[5]。またそれ以後も、品種改良によりナラワスサビノリ系のさまざまな養殖品種が作出されている[10][11]。現在、日本で養殖されているアマノリの99%以上はナラワスサビノリ(ナラワスサビノリ系の養殖品種を含む) であるとされる[5][6]。平成29年度における日本のアマノリ類 (おそらくほとんどスサビノリ) 年間生産量は約30万トン[12]、産出額は1,167億円に達する[13]

現在の海苔養殖では、まず葉状体から採取した果胞子を直接、またはそれを発芽させて得たフリー糸状体をカキ殻に植え付け、貝殻糸状体を作製する[5][14]。研究所や試験場では、さまざまな栽培品種がフリー糸状体の形で保存されている。水槽に貝殻糸状体を伴うカキ殻を敷き詰め、この水槽に網をくぐらせることで貝殻糸状体が放出した殻胞子を網に付着させる (陸上採苗)。また貝殻糸状体を伴うカキ殻を付けた網を海中に張り、野外で殻胞子を網に付着させることもある (野外採苗)。これら採苗した網を海に張って育苗し、そのまま養殖 (秋芽網)、または小さな段階で冷凍保存して随時出荷する (冷凍網)。養殖は、浅い干潟などで支柱に網を固定する支柱式と、水深が深い場所で水面に浮かべた枠に網を張る浮流し式がある。また網は潮汐に応じて干出させる場合と、水面で養殖を続ける場合がある。干出させることで他の海藻を除去することができる。採苗から30〜40日ほどで葉状体は 10–15 cm になり、摘採対象になる。1つの網から7〜10日間隔で4〜5回摘採される。

摘採されたスサビノリは水洗され異物が除かれ、細かく裁断される。これを一定量ずつ簀上に抄き、乾燥させることで板海苔が完成する[5]。古くは手抄き、天日乾燥であったが、現在ではほとんど機械化されている。また生のまま販売される例や、抽出物を利用する例もある。

近縁の食用種

スサビノリと同じアマノリ属 (Pyropia)、および近縁の Porphyra には、他にも食用として利用される種が含まれる。

  • アサクサノリ (学名:Pyropia tenera)[15]
    • スサビノリが利用される以前は、主な食用・養殖種であった。現在では野生個体は絶滅危惧種に指定されている[16]。葉状体は長楕円形〜線状披針形。大きさはふつう 7-24 x 2-5 cm。淡褐色〜緑色がかった赤褐色、基部はときに青緑色がかる。縁辺は全縁、顕微鏡的な鋸歯はない。雌雄同株 (雌雄生殖細胞は混在) または雄個体が存在。原胞子による無性生殖あり。北海道南部〜九州、朝鮮半島に分布。河口や干潟に生育。
  • ウップルイノリ (学名:Pyropia pseudolinearis)[17]
    • 野生個体が岩海苔として利用されることがある (島根県など)。葉状体は線形~長披針形。大きさは 10–30 x 2–4.5 cm (ときに 40 x 5 cm に達する)。赤褐色。縁辺は全縁、顕微鏡的な鋸歯を欠く。皺はほとんど無い。雌雄異株、ときに雌雄が上下に分かれて形成される雌雄同株の個体がある。原胞子による無性生殖はない。北海道西岸、本州太平洋沿岸北部 (千葉県以北)、本州日本海沿岸、朝鮮半島に分布。波の強い潮間帯上部に生育する。
  • オニアマノリ (学名:Pyropia dentata)[18]
    • 野生個体が岩海苔として利用されることがある。葉状体は長卵形~線状披針形。大きさはふつう 10–15 x 2–4 cm、ときに 40 x 10 cm に達する。赤褐色。縁辺はやや波打ち、顕微鏡的な鋸歯がある。雌雄異株、ときに雌雄が上下に分かれて形成される雌雄同株の個体がある。原胞子による無性生殖はない。北海道南部〜九州、朝鮮半島に分布。波の強い潮間帯上部に生育する。
  • マルバアマノリ (学名:Pyropia suborbiculata)[19]
    • 野生個体が岩海苔として利用されることがある。葉状体は円形~腎臓形。大きさは 10 x 10 cm 程度。赤褐色。縁辺に襞は少なく、顕微鏡的な鋸歯がある。雌雄同株 (雌雄の生殖細胞は混在)。原胞子による無性生殖を行う。太平洋、大西洋、インド洋の沿岸に広く分布し、日本では北海道南部から南西諸島まで見られる。
  • ツクシアマノリ (学名:Pyropia yamadae)[20]
    • 野生個体が岩海苔として利用されることがある (和歌山県など)。葉状体は円形~腎臓形、ときに縮れて団塊状。大きさは 4 x 4 cm 程度。縁辺に顕微鏡的な鋸歯がある。雌雄同株 (雌雄の生殖細胞は混在)。本州太平洋岸中部〜南西諸島、東南アジアに分布。潮間帯上部に生育。
  • カイガラアマノリ (学名:Pyropia tenuipedalis)[21]
    • 絶滅危惧I類に指定されているが、山口県では養殖も試みられている。葉状体は長円形~披針形。大きさはふつう 8–30 x 2–9 cm (ときに 60 x 10 cm になる)。鮮やかな紅色〜橙紅色。縁辺は波打ち、顕微鏡的な鋸歯はない。雌雄同株 (雌雄の生殖細胞は縁辺部で混在)。原胞子による無性生殖はない。貝殻中の糸状体から直接葉状体が形成される (そのため葉状体は貝殻から生じている)。東京湾から瀬戸内海に分布。潮下帯に生育。
  • ハイタンアマノリ (学名:Pyropia haitanensis)[22]
    • 中国福建省、浙江省、広東省沿岸で主要な養殖種となっている。葉状体は長円形~長披針形。大きさはふつう 12–18 x 3–5 cm (ときに 長さ 4 m に達する)。暗緑紫色。縁辺はわずかに波打ち鋸歯状、顕微鏡的な鋸歯あり。雌雄同株だが、初期には単性。原胞子による無性生殖は知られていない。中国沿岸部に分布。波の強い潮間帯に生育。
  • Laver (学名:Porphyra umbilicalis)
    • イギリスウェールズ地方で食用とされる。煮てペースト状にしたものを laverbread とする。北大西洋沿岸域に分布。形態はスサビノリなどアマノリ属によく似ているが、現在は別属に分けられている。

引用文献・脚注

  1. ^ a b c d Guiry, M.D. & Guiry, G.M. (2019) AlgaeBase. World-wide electronic publication, Nat. Univ. Ireland, Galway. http://www.algaebase.org; searched on 22 October 2019.
  2. ^ a b 漢字では「荒び海苔」とされることが多いが、以下文献参照:鈴木 雅大 (2014) スサビノリ Pyropia yezoensis. 写真で見る生物の系統と分類. 生きもの好きの語る自然誌.; 有賀 祐勝 (2016) スサビノリの「スサビ」の由来. 海藻百景 リレーエッセイ. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  3. ^ 菊地 則雄 (2012) 紅藻ウシケノリ目の属の再編について. 藻類 60: 145-148.
  4. ^ Sutherland, J. E. et al. (2011). “A new look at an ancient order: generic revision of the Bangiales (Rhodophyta)”. J. Phycol. 47 (5): 1131-1151. doi:10.1111/j.1529-8817.2011.01052.x. 
  5. ^ a b c d e f 菊池 則雄 (2012) アマノリ. In: 渡邉 信 (監) 藻類ハンドブック. 株式会社エヌ・ティー・エス. ISBN 978-4864690027 pp. 611-616.
  6. ^ a b c 有賀 祐勝 (2018) オオバアサクサノリ、ナラワスサビノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  7. ^ a b c d 有賀 祐勝 (2012) スサビノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  8. ^ 堀 輝三 (編) (1993) 藻類の生活史集成. 褐藻・紅藻類. 内田老鶴圃. 396 pp. ISBN 978-4753640584
  9. ^ 吉田忠生 (1998) 新日本海藻誌 日本海藻類総覧. 内田老鶴圃. 1222 pp. ISBN 978-4753640492
  10. ^ 川村 嘉応・大野 正夫 (2002) 海藻育種 (pdf). 日本藻類学会創立50周年記念出版.
  11. ^ スサビノリ種. 農林水産省 品種登録ホームページ.
  12. ^ eStat 海面漁業生産統計調査.
  13. ^ 農林水産省 漁業産出額.
  14. ^ 鬼頭 釣 (監) (2004) わが国の水産業「のり」. 社団法人日本水産資源保護境界.
  15. ^ 有賀 祐勝 (2012) アサクサノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  16. ^ 環境省 レッドリスト. 2019.9.22閲覧.
  17. ^ 有賀 祐勝 (2013) ウップルイノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  18. ^ 有賀 祐勝 (2013) オニアマノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  19. ^ 有賀 祐勝 (2018) マルバアマノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  20. ^ 有賀 祐勝 (2018) ツクシアマノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  21. ^ 有賀 祐勝 (2013) カイガラアマノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.
  22. ^ 有賀 祐勝 (2019) ハイタンアマノリ. 海苔の豆図鑑. 一般財団法人 海苔増殖振興会.

関連項目

外部リンク