熱海孫十郎

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熱海 孫十郎(あずみ[1] / あたみ[2] まごじゅうろう、1848年嘉永元年)1月[2] - 1924年大正13年)3月19日[2])は、日本実業家政治家衆議院議員(1期)。貴族院多額納税者議員

経歴[編集]

陸奥国栗原郡文字村(現:栗原市)に千葉忠蔵の子として生まれる[1]。のち、一迫の熱海多藏の養子になる[1]1879年宮城県会が発足するとその議員になる[1][2]。その後、栗原、志田、玉造の各郡長となり[1][2]1890年第1回衆議院議員総選挙に宮城県第4区(当時)から立候補して当選した[3]1892年第2回衆議院議員総選挙で落選[4]1897年に貴族院議員に就任し[2]、貴族院議員は1900年まで在職した[2]

この他七十七銀行頭取[1][2]や宮城県農会副会長[1]なども歴任した。1924年死去。

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『宮城県百科事典』18頁。
  2. ^ a b c d e f g h 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』18頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』1頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』7頁。
  5. ^ 『宮城県百科事典』696頁。

参考文献[編集]

  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 『宮城県百科事典』、河北新報社、1982年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。