瀬高哲雄

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瀬高 哲雄
せたか てつお
生年月日 (1981-06-16) 1981年6月16日(38歳)
出生地 北海道苫小牧市
出身校 東洋大学 社会学部社会福祉学科
所属政党 自由民主党
称号 学士
公式サイト 瀬高てつお 公式サイト〜夢を語ろう次の時代へ〜

Flag of Nikko, Tochigi.svg日光市議会議員
当選回数 2回
在任期間 2014年4月23日 - 現職
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瀬高 哲雄(せたか てつお 1981年6月16日- )は北海道苫小牧市出身の元プロアイスホッケー選手[1]。2014年4月の栃木県日光市議会議員選挙に最年少候補として出馬をして当選。2018年4月に2期目の当選。現在、日光市議会最年少議員(2期目)として活動中。アジアリーグアイスホッケーH.C. TOCHIGI 日光アイスバックス・アンバサダーも務めている。

苫小牧市立和光中学校を経て駒大苫小牧高校に進学、高校時代は3年連続インターハイで優勝、U-18日本代表にも選ばれた。東洋大学に進学し春季トーナメントでは最優秀新人賞を獲得、インカレ優勝1回、ユニバーシアード代表に1回選ばれ4年次には主将を務めた[2][3]

2004年、コクドに入団したが1年で戦力外通告を受けて[4]、2005-06年シーズンには、日本人初となる韓国チームの移籍選手として安養ハルラでプレーした[5]。2007年に日光アイスバックスに入団。[6]2008年には選手会長を務めている[7]。2009-2010シーズンには主将に就任、2010シーズンからは副将を務めるなど、FWの中心選手としてチームを牽引した。

また積極的にボランティア活動に参加するなど、リンク内外にわたり活躍。引退後は『アイスバックス・アンバサダー』および『地域・スポーツ振興担当』として地域イベントへの出演や学校訪問など、アイスバックス及びスポーツの発展と普及活動を行う。2014年4月の日光市議会議員選挙に最年少候補者として出馬。1877票の得票数で(4番目)当選を果たす。

人物[編集]

学生時代に指導者を志し、高等学校教諭一種免許状(公民)を取得している。

コクド時代にはオフシーズンにベルボーイも務めた[4]

2005年より人身売買の被害にあった子供たちを支援するボランティア団体「子供たちの笑顔を守る会」に所属している。選手時代には、毎年ユニフォームやグッツの販売をおこない、売り上げ金を団体に寄付している。[8]

脚注[編集]

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  1. ^ 新企画『瀬高哲雄の45の質問』”. アイスバックス選手会 (2008年5月19日). 2012年5月28日閲覧。
  2. ^ 瀬高哲雄プロフィール”. 首相官邸. 2012年5月28日閲覧。
  3. ^ 加藤じろう (2005年10月6日). “瀬高哲雄の「新たなる戦い」<1>”. 2012年5月28日閲覧。
  4. ^ a b アジアリーグアイスホッケーの可能性② -スポーツのグローバル化”. Training Journal (2006年2月号). 2012年5月28日閲覧。
  5. ^ 瀬高哲雄の「新たなる戦い」” (2006年1月19日). 2010年3月7日閲覧。
  6. ^ 新加入選手のお知らせ”. H.C.栃木日光アイスバックス (2007年8月13日). 2012年5月28日閲覧。
  7. ^ バックス・瀬高哲雄選手 ファンあってこその10年”. 下野新聞 (2008年7月11日). 2010年3月7日閲覧。
  8. ^ (46)バックス・瀬高哲雄選手 子供に笑顔と夢を”. 下野新聞 (2009年5月23日). 2012年5月28日閲覧。

外部リンク[編集]