武田広親

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武田 広親(たけだ ひろちか、生没年不詳)とは、明治時代の浮世絵師

来歴[編集]

小林清親の門人。俗称は保太郎。明治14年(1881年)ごろ清親に入門して四、五年学び、主にポンチ絵を描いたという[1]

作品[編集]

  • 龍宮開化覗機関』 ※菊廼舎東籬作、明治22年(1889年)刊行
  • 「廿三年未来鑑」 大判錦絵2枚続 ※明治20年、落款に「清親門人」とあり

脚注[編集]

  1. ^ 以上『浮世絵師伝』による。

参考文献[編集]