楊浩

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楊 浩(よう こう、6世紀-618年)は、中国皇帝である。隋の文帝の子の秦王楊俊の子である。

600年6月に父・楊俊は没した。隋の煬帝が即位すると、楊浩は秦王に立てられて楊俊の後を嗣いだ。

618年3月、煬帝が江都において宇文化及によって殺害されると、楊浩は皇帝に立てられた。しかし実権は宇文化及が握っていた。半年後の9月、宇文化及は楊浩に迫って皇帝位を禅譲させて許を建国した。廃帝となった楊浩は宇文化及の命によって毒殺された。