植村諦

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植村諦

植村 諦(うえむら たい、1903年(明治36年)8月6日 - 1959年(昭和34年)7月1日)は、日本の詩人アナキスト。 本名は植村諦聞(たいもん)。

経歴[編集]

奈良県吉野郡に生まれる。仏教専門学校(現佛教大学)卒。郷里で小学校の教諭をしていたが水平社運動に関係して職を追われ、朝鮮に渡って独立運動に参加。1930年に上京して、秋山清らとアナキズム系の詩誌『弾道』『文学通信』を編集。1935年に日本無政府共産党事件に連座して検挙される[1]。戦後46年日本アナキスト連盟結成に参加。『コスモス』『日本未来派』同人。

著書[編集]

  • 『異邦人 詩集』民謡レビュー社、1932
  • 『愛と憎しみの中で 植村諦詩集』組合書店、1947
  • 『詩とアナキズム 詩論』国文社、1958.ピポー叢書
  • 『鎮魂歌 詩とエッセイ』青磁社、1980

翻訳・再話[編集]

  • A.ミユラアレーニング『マルクス主義対社会主義』植村諦聞訳 解放文化連盟出版部 1935
  • 曲亭馬琴原作『里見八犬伝』片岡京二絵 集英社 少年少女物語文庫 1959 

参考[編集]

  1. ^ 岡山巖・編『現代短歌全集 第六巻』創元文庫、1952年、267p。