桜井鐐三

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桜井 鐐三
生誕 1897年1月15日
日本の旗 日本愛知県
死没 没年不明
所属組織 日本陸軍
軍歴 1918 - 1945
最終階級 陸軍少将
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桜井 鐐三(さくらい りょうぞう、明治30年(1897年1月15日 - 没年不明)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍少将

愛知県出身。戸籍上では桜は旧字体の櫻(櫻井鐐三)である。父櫻井武愷宮之亟、母三保の三男として生まれる。陸軍士官学校30期生。

経歴[編集]

  • 大正7年5月27日 陸軍士官学校卒業
  • 大正7年12月25日 陸軍少尉
  • 昭和2年12月26日 陸軍大学校入校
  • 昭和5年11月27日 陸軍大学校(42期)卒業
  • 昭和9年3月5日 満州里特務機関長(~昭和10年12月2日)
  • 昭和13年2月15日 中支那派遣軍参謀
  • 昭和13年6月23日 第11軍情報参謀
  • 昭和14年7月27日 ハイラル特務機関
  • 昭和14年8月1日 陸軍歩兵大佐
  • 昭和16年5月15日 陸軍省兵務局附(調査部附)
  • 昭和18年3月1日 陸軍省調査部長
  • 昭和18年8月2日 陸軍少将
  • 昭和20年4月1日 第1方面軍参謀長
  • その後ソビエト連邦によって拘束、シベリア抑留となり現地で死亡したとされる。

家系図[編集]

櫻井清香の同項目を参照のこと

関連[編集]