松平輝健

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松平 輝健(まつだいら てるたけ、寛政元年2月14日1789年3月10日) - 文化8年8月8日1811年9月25日))は、江戸時代中期の上野国高崎藩の嫡子。高崎藩第4代藩主・松平輝和の長男。正室は松平定信の娘。官位は摂津守。

父・輝和にははじめ男子がなく、輝健が誕生する前の天明8年(1788年)に叔父の輝延を嗣子に定めていた。このため、輝和の死後は輝延が家督を継いだ。

その後、輝延の養子となったが、家督相続前の文化8年(1811年)に早世した。代わって、輝延の長男・輝茂が嫡子となった。

脚注[編集]